2006年6月 5日 (月)

講演「いのちのエイズ教育」(完成)

「生物教師の情報教育奮闘記」はこちらです。

福岡県高等学校新教職員組合
(現福岡教育連盟FENET)

平成5年度嘉飯山支部「父母と教師のつどい」
 平成五年十月十六日(土)
 於:のがみプレジデントホテル

講演「いのちのエイズ教育」
講師 福岡県立太宰府高等学校教諭 倉光浩二

皆さんこんにちは。ただ今ご紹介に預かりました倉光と申します。

私,今年の四月まで,嘉飯山地区の学校,嘉穂東高等学校に勤めており
ましたので,つい昨年まではこちらの席に座って,講師の方々の話を毎
年伺い,大変感激しておった一人であるわけです。まさか昨年の今頃は
来年自分がこの壇上に上ろうなんて夢にも思っていませんでしたが,ひ
ょんなことからこういうことになりまして,大変恐縮しておる次第です。
引き受けました後,よく考えると,わたしの名前なんかがビラにのせて
あって,教師のかたがたは義理でなんとか参加していただいても,果た
してい保護者の皆様がご参加くださるのか,と思っていましたが,本日,
たくさんのかたがたがおみえで,ひとまずほっとしております。今回こ
のようなかたちで,私がエイズ教育について話すようになったきっかけ
について,ということから話を始めさせていただこうと思います。

私は小学生のころからガンという病気に大変恐れつつも,大変興味を
抱き,何かしら,子供の勘とでも言いましょうか,ガンという病気が普
通の病気じゃないように思っていました。単なる病気でなく,何か命の
神秘そのものに関係ありそうな予感がして,自分はガンの研究者になろ
うと,子供心に思ったわけです。当初はやはり医学部に行くべきなのか
なあというふうに迷いましたが,自分はやはり医者にはなりきらん性分
だと思い,研究のほうで何とか身を立てたいということで,いろいろ迷
ったあげく農芸化学というバイオテクノロジーで大変有名なんですが,
こちらのほうの分野に進みました。

私の行きました大学は山陰の鳥取大学というところなんですが,そこの
大学の研究室でどんな研究が行われていたかといいますと,カニの甲羅
をいろんなことに使えないかという研究をやっていたわけです。今日あ
る程度実用化できたものには使い捨てのコンタクトレンズですとか,あ
るいは,歯磨き粉の中にいろいろ入れてあるとか,いろいろ聞いてはお
ります。手術の縫合糸とかですね,そういうものがだんだん実用化され
てきていると聞いてはおりますが,何かカニの甲羅を役立てようという
研究をやっていたわけです。テーマのなかに免疫を高める薬を作るとい
うのがありまして,私はすぐにそれに飛びつきました。その免疫がしか
もガンに関する免疫でしたので,長年の夢が叶うなというふうに思いま
して,早速その研究に大学時代入らせていただいたわけです。

私が大学に入学したのは昭和五十七年ですが,世界で初めてエイズとい
う病気が報告されたのはその前年の五十六年なんですね。ちょうど私の
学生時代というのはエイズという病気が人々の間に知られ始めたその時
期と附合していることになります。私が免疫の研究を,実際には免疫を
高めるる薬の研究なんですが,必然的に免疫そのものの勉強もしなけれ
ばいけなかった関係でやっているときに,ちょうどエイズという病気が
だんだん話題に上りつつあったころです。友達の中の一人が,みんなか
ら,おまえエイズじやないのか,とばかにされるとですね,だれとエイ
ズや,と言い返すんですね。そういう覚えがあるんです。これはどうい
うことかと言いますと,その当時エイズという病気とホモという,いわ
ゆる同性愛の状態ですね,そういうものがいっしよくたになっていた時
期があるんですね。

発見された当初は確かに男性同性愛者ですとかあるいはまれに血友病の
患者さんとかですね,かなり限られた方にこの病気というものが発生し
て,しかもかなり一勢いよく広まっておったわけです。それで,その当
時だんだんと病気の解明がなされていくにつれ,これはどうも男女間の
性行為でもうつる病気らしいということになってきたんですね。ところ
が,それでもなおかつ男性から女性には感染するが,逆はないんだと科
学雑誌が堂々と書いていた。今から思えばとんでもない間違いなんです
が,そういう時代があつたわけです。

そのようなかたちでエイズというものを少しずつ意識して,本が出たら
買って読んだり,そういうことをしておるうちに,大学を卒業して道を
選ぶ際に,教職の道を選んだわけです。その理由というのはいろいろあ
りますけれども,こてでは触れないようにしたいと思いますが,今はこ
の撤職という仕事は自分の天職で,すばらしい仕事だと思っております。
決して研究がだめだったから教師になつたというわけではありませんの
でそのようにご理解願いたいと思います。

それで,教師になってからもだんだんとエイズの患者が世界各国で,ア
メリカやフランスですとか,それからアフリカに多いようだという報告
が入ってきまして,次には,アジアではタイとインドが爆発的に増加し
ているぞと,だんだん情報が日本にも身近に追ってきたんですね。その
さなかに,神戸でのパニックなんてことがあったり,いろいろ事件らし
きこともあったように記憶しておるんですが。そういった形で,私は比
較的早くからこのエイズという病気を知り,そして学んでいたように思
います。

そういった関係からでしょうか,昨年,新高教組が取り組んでおります
テーマ別研修会で,前期に「生命尊重の性教育」というものを担当させ
ていただいたんです。後期はお役ごめんで自分は仕事がないな,と思っ
ていたところですが,後1ヶ月もないぐらいに迫った段階で,急に緊急
な課題だからエイズ教育をとりあげろ,おまえやれ,という電話がはいっ
たんですね。これはちょっと大変だと,この病気の大変さを知っており
ますが故にですね,これは引き受けましたものの果たして1ヶ月でどれ
だけ形が出せるだろうかと思いましが,これはやるしかないと腹をくく
りまして,とにかく三年生の三学期というのはただでさえかなり忙しい
時期なんですが,睡眠時間を削りに削りまして,独自の研究を始めたわ
けです。なんとか二月二十一日だったと思うんですが,そのテーマ別研
修会の当日までに一応形として冊子を作るに至ることができたんです。

その冊子が大変評判がよくて,執行委員の先生方の間でも取り合いにな
るような状況でありまして,これはやはり印刷して製本すべきだという
ことで,さらに筆を加えまして,今年の四月の終わりごろでしたか本と
して出していただきました。それは,「エイズ教育のために』という白
い冊子なんですがいろいろな所から要望等もあったんですけれども,ご
必要な方は本部のほうに申し出ていただければ,多分手に入るのではな
いかと思います。それをエッセンスにして生徒用に書き直したものを今
お手元に届けておりますので,大体それで間に合うのではないかと思っ
ております。

それから資料の説明を差し上げたいと思うんですが,「後天性免疫不全
症候群 パーフェクトマスター」というのが今回生徒向けの授業で使っ
た資料です。パーフ一クトマスターというのはえらく大それた名前なん
ですが,私が作っております教材,生物とか,理科Iとかいうのがある
んですが,全部「パーフェクトマスター」といぅ名前にしておるんです
ね。ですからその流れを汲 んでこの名前にしたというだけでありまし
て,これさえあれば完壁だという意味ではありません。どうか誤解がな
いようにお願い致もます。

それからもう一つ四枚綴ですが最後に新聞記事がくっついているぶんは,
近日中に出ると思いますが,小学館の『高校教育展望』という雑誌に十
一月号に寄稿しまして,その内容を今日おもちいたしました。実際に原
稿を書いたときはこの倍ぐらいだったんですけれども,なんとか削って
半分にしたのがこの状態です。これに関しましては,また後ほどゆっく
りとお読みいただければと思います。

それで今日の主たるテーマといたしまして私に与えられているのは,や
はりエイズの教育だと思います。しかしながら,やはリエイズという病
気について基本的理解はしておいていただいた方がいいと思いますので
そのような話を簡単に少しだけしたいと思います。

まずこのエイズという病気の日本名は先程もちょっと読みました後天性
免疫不全症候群なんですが,特に勘違いされやすいのがこの後天性とい
う言葉です。日本語というのはいろいろな用法があって大変ややこしい
のですが,後天的という意味と後天性という意味は若干違うように思い
ます。後天的といえば,生まれた後何何ということになるわけなんです
が,この後天性というのはどっちかといえば医学用語に近い響きがあり
まして,こういうふうに理解いただきたいと思います。後天性=感染性
であるということです。ですから,生まれる前にお母さんの胎盤で感染
した赤ちゃんは,先天的だからおかしいんじゃないかということを聞い
たりするんですが,それは感染性という意味からは正しいんです。逆に
先天性というのは,生まれた後にでてきても先天性の病気というのはあ
るんですね。これはどう理解すればいいかといいますと,遺伝性と理解
していただければいいわけです。ですから後天性と先天性というのは実
際の意味では感染性と遺伝性だとい,ふうに理解していただければまず
間違いはないというふうに思うわけです。

このエイズという病気は感染する病気であるわけですね。病源体はいっ
たい何であるかというとウイルスです。最初にこのウイルスというもの
が起こす病気について触れたいと思うのですが,我々がかかる病気には
いろいろな病原体があるわけですが,だいたい細菌かウイルスかかどち
らかになるんですね。あとマイコプラズマですとかリケッチアですとか
いろいろありますけれども,ほぼこの二つになると思います。

細菌によって起こる病気というのは,あの有名なペニシリンに始まりま
す抗生物質で治ります。かなり重い症状であっても抗生物質さえ投与す
れば,なんとか命が助かり快方に向かうというのが細菌によって起こる
病気です。その例外がいま,問題になっておりますMRSAという黄色
ブドウ状求菌ですね。大変抗生物質に強い菌がでてきまして,今医学界
を賑わせているわけなんですが,こういう例外はありますけれども,一
般的に細菌によって起てる病気は治りやすいとこう考えられるわけなん
です。

ところがウイルスというものは,その正体が一万分の一ミリメートルと
いう大変小さな形をしておりまして,ただでさえ見つかつにくいやっか
いなもののうえに,またウイルスの中に,何種類かあるんですね。形が
変わるウイルスと形が変わらないウイルスとがあります「形が変わらな
いウイルスはワクチンというのが作れるんですね。ちゃんとワクチンを
作ってそれを事前に体の中に入れておけば実際に病気にかかることはな
くてすむわけです。 たいていお子様をおもちの方々はお子様に三種混合
ワクチンですとかポリオのワクチンですとか,必ず病院に連れていかれ
たんじやないかと思うんですが,ワクチンというのがかなり病気を防ぐ
ことができるわけです。

ところがやっかいなのがすがたが変わるウイルスのほうなんですね。こ
のウイルスの仲間として皆さんよくご存じなのはインフルエンザウイル
スがあります。これは毎年かかるのに治りにくいやっかいなものなんで
すが,インフルエンザウイルスというのは自分の姿を変える力をもって
いるんですね。今から問題にしますこのエイズというのも,実はインフ
ルエンザウイルスと大変近い関係にあり,姿がもっとコロコロ変わりま
す。だいたいインフルエンザウイルスの十倍から二十倍ほど変わり身が
速いといわれていますが,大変変化しやすいウイルスなんです。ですか
ら,ただでさえやっかいなウイルスの病気のうえまた一番やっかいな所
にエイズウイルスというのは属しているわけです。

このウイルスの病気について,いま一応お話しいたしましたところです
が,こんどはエイズウイルスそのものにはいっていこうと思うのですが,
エイズウイルスは,今挙げました以外に,まだ二つほど大変特徴的なも
のをもっています。その一つは感染する細胞が極めて限られて,しかも
それが最も重要な細胞であるといううことです。

私たちの体は絶えず外敵にさらされているんですね。無数の病原菌が空
気中にも,あるいは机の上とか,自分の手とか至る所にうじゃうじゃい
ます。それでちょっとでも皮膚に傷がつくと,そこから一斉に侵入して
きます。すぐに炎症を起こしたりします。ところがい最初は少し腫れて
痛みがあってもしばらくすると治るんですね。それは一体何故であるか
というと,今入ってきたものは自分じゃないぞとちゃんと見極めて,そ
してそれをやっつけることをきちん指示できる細胞がいるからなんです
ね。

この細胞がもつている役割というのは極めて重要であり,ミスが許され
ません。ですからどの細胞でもそれになれるわけじゃないんですね。私
たちの心臓の所にはその細胞を徹底的に鍛える胸腺というものがありま
す。そこで一種の専門学校みたいなものだと思っていただいたらいいと
思いますが,徹底的にふり分けるんですね。能力を持っている細胞を。
能力を持っていない細胞は次々に死んでいきます。ごくごく選ばれた本
当に一部の細胞だけが,敵をやっつける指令を出す司令官となって血液
中に入っていくわけです。それでエイズウイルスが入りこむのはまさに
この細胞なんですね。 やっと私たちが一生懸命自分の体の中で訓練して
育て上げた司令官にのっとって入ってきてしまうのです。ですから細胞
がだんだん本来の役割が出来なくなって,しまいに子供のウイルスが出
ていくときにバラバラに壊されてしまいます。そうするともはや敵と自
分の細胞が見極められなくなって,どんな病気にも対抗できなくなるの
です。これがエイズという病気が持つ大変特徴的な現象です。それが特
徴の一つだと理解して頂きたいと思います。

二つ目の特徴は何であるかといいますと,先程の続きになるのですが,
一般的にウイルスが体の中に入ってきてもやがて敵だと見極めて,それ
をやっつけるための命令を出して,そしてこの敵の情報を覚えるんです
ね。ですから二回目に入つた時はもう病気にかからないうちにやっつけ
ることができます。昔はこれを免疫と言っていたんです。今だんだんと
免疫という言葉自体も意味が変わってきつつあるんですが,いわゆる免
疫というのはそういうことなんです。このウイルス等で体が侵されても,
完全にやっつけて一匹も残らず撃滅することが本来できるんです。

じゃあ何故エイズウイルスは撃滅できないのかということになるわけな
んですね。もしエイズウイルスがウイルスのままの姿であれば一匹残ら
ずやつつけることができるんですね。他の病気と一緒なんです。ところ
がエイズはさらに恐ろしい性質を持っておりまして,何と先程いいまし
た一番大事な細胞の中の,また一番大事な遺伝子の一部になってしまう
んです。ウイルスというのは熱や化学物質に大変弱い性質を持っていま
す。ですから,本来大変やっつけやすいんです。高熱さえ出ればエイズ
ウイルスが大体死んでしまうと言うくらい簡単にやつつけることができ
るんですが,私たちの遺伝子というのは子孫に対してそれを守り継いで
いくために,めったやたらには壊されないような頑丈な仕組みを持って
いるんです。この遺伝子の中にウイルスが入り込んでしまう。一回その
状態になってしまいますと体がいくら高い熱を出そうと,どんな 薬を飲
もうともう取り除けないんです。遺伝子と化してしまったエイズウィル
スは,二度と体からは出すことは出来ません。これが二番目の大変恐ろ
しい特徴であるわけなんです。ですから,通常これまで我々が遭遇して
きました病気とはちょっと違うぞということとになるんですね。

今あげました二点をご理解頂ければエイズという病気が何たるかという
ことは大体把握できるのではないかと思います。もう一つ付け加えます
と,先程言いました大変大事な細胞というのが血液にはもちろん含まれ
ているんですが,それ以外にリンパ液,それから体液としての精液です
とか,あるいは女性の腟や子宮の分泌液とかあるいはわずかながらです
が母乳ですとか,涙ですとか,汗ですとか,こういったものにも含まれ
るのです。特に密度が高いのが血液と精液です。この二つが一番含まれ
る量が多いんです。

今あげましたようなものにこの細胞が含まれています関係で,性行為に
よって精液なんかと一緒に,その感染した細胞が相手にうつれば当然相
手に感染させるという危険が出てくるわけなんですね。従ってエイズは
性病ではなく,性行為感染症であるといわれます。この二つの違いとい
うのは,性病は性器に対して病変を起こすのに対して,性行為感染症と
いうのは必ずしも性器に病変を起こさないんです。だからB型肝炎なん
かもこれに含まれるわけです。いずれにせよこのような形で,人間の大
変基本的な営みであります性交渉というものでうつる病気になってしまっ
たんです。それがまたエイズの様々な悲劇を生み出しているもとになっ
ているわけです。

次に,エイズに関してよく問題になります感染するかしないかというこ
の問題に言及させていただきます。皆様の中にやはり患者さんに接する
と,いうら数が少ないといっても色々な物に含まれていれば,うつるん
じゃないかというそういう危惧をもっておられる方も多いんじゃないか
と思われます。先程言いましたように,多く含まれるのは血液と精液な
んですが,量は少なくても膣や子宮の分泌液,それから母乳というのが
感染原因になります。何故母乳というのが感染原因になるかということ
なんですが,赤ちゃんがお母さんから母乳を飲む回数というのはものす
ごく多いんですね。ほとんど生まれたての頃は,一日中みたいに飲んで
いるわけなんです。ですからいかに量が少なくてもそれ位飲み続ければ,
やはり感染しうるということなんです。ですから,涙ですとか唾液です
とか汗ですとかを母乳と同じくらい飲めば,それは確かに可能性はある
わけなんですが,現実的には有り得ないことだと思います。一般的によ
く言われていますのは,唾液であればバケツ三杯をですね,飲むという
のは本当は不適切で,飲めば胃液で死にますから,それを注射して入れ
込めば,ひょっとすると感染するかもしれないと言ったりしているんで
す。そんなことは絶対にあるわけないんですね。

よくこの感染原因を語るのに,アメリカの家族でバークさん一家という
のが取り上げられることがあります。このバークさん一家というのは,
旦那さんであるバークさんという方が血友病の患者さんなんですね。血
友病の方というのは昔は大変出血を起こしやすくて,正直いいまして,
なかなか長くは生きられない状態にあったわけなんです。必ずしも怪我
しなくても,体のあちこちで内出血を起こすわけなんです。それがだん
だんと体に負担をかけていって,長く生きられない状況になったんです
が,それが劇的に長生きといいますか,ちゃんと普通に生活できるよう
になったのが血液製剤によるものなんです。

この血液製剤といいますのは,特に患者に不足している成分を濃縮して
患者さんに注射すると,何とかそれが血液を守って,うまく出血を防ぐ
ということなんです。ところがこの血液製剤というのが,たくさんの人
から集めて作ります。何万人単位のですね。アメリカの方ではこれをや
りましたら,やはりその中の患者さんの何人か,エイズの患者さんがお
ればウイルスが紛れ込む危険性が当然生じるわけなんです。

そこでこのバークさんという方も血友病の治療がもとで感染しました。
バークさんには奥さんがおられまして,残念ながら奥さんには性行為で
感染してしまったんです。ところが,奥さんは自分が感染していること
は知らずに,長男を生みました。そうした場合,三つの危険性があるわ
けです。胎盤とそれから出産時の出血とさきほど言いました母乳とです。
このどれかわかりませんが,残念ながらその長男の方にエイズウイルス
が感染しました。家族三人が別々の原因でそれぞれ感染したというかな
り稀な例なんです。バークさん夫婦にはもう一人のお子さん,女の子が
いました。その女の子は,お母さんが感染する前に生まれましたので,
感染せずにすんだのです。この娘さんは多分,今日もなお,三人の感染
者の家族の方と一緒に暮らしているわけなんですね。ところが,感染し
ていないんです。家族に一人いても大変なのに,三人もいるんですよ,
自分の回りに。なおかつ,その一人の娘さんには感染していない。これ
ほど感染しにくいというのを物語るエピソードはないというふうに私は
思います。一緒に毎日暮らしている家族ですら,感染しないんですから,
ましてや学校生活ですとか社会生活とかでは断じて感染することはない。
これまでそういった例は全くないんです。

ですからこの感染に関しましてはいろんな所でいわれていますように心
配ないんだというふうに理解いただきたいと思います。私も,先日大分
の方まで出向いて行きまして,あちらに本を置いてありますが,草伏村
生という血友病で感染された方に会って,数時間お話をしてきました。
ですから多分,私の体にもいくつかのエイズウイルスが飛んできただろ
うと思うんですね。ですからそれを恐れていてはそういうことは勿論,
できないわけなんですが,私自身全く大丈夫だと言い切れるわけです。
私はこれがらも,その患者や感染者の方と機会があれば会っていきたい
と思うし,まったくそういう意味での感染というのを恐れていません。
ですから,皆様方にも,不用意に患者や感染者に対して恐怖感を抱いた
り,差別心を抱いたり,そういったことはやはりしてほしくないと思っ
ているわけです。

では,そろそろ本題でありますエイズ教育という問題に入っていきたい
と思います。これに関しましては生徒向けの資料を添付しておりますの
で,随時御覧いただきたいと思うわけなんですが,私が今回このような
授業を新しい学校でまだよく職場に慣れていないにもかかわらず,取り
組むようになったきっかけというのは,二月にテーマ別研修会をやりま
してその成果を各方面への提言という形でまとめたんです。

その提言をみられた新聞社の方が私の所に取材にみえまして,今自分の
所の新聞ではエイズ教育を今度特集するということで色々取材していま
すが,九州至る所をまわっても,なかなか授業を見る機会がないので,
何とか授業を見せていただけませんかということだったんです。私も学
校に対しても大変不慣れな時期で躊躇もあったんですが,この病気の啓
蒙に関しましては自分なりに使命感を持っておるつもりですので,私に
なんとかできる範囲でしたらということでお受け致しまして,結局六月
二十三日だったと思いますが,自分のホームルームの時間と授業の時間
と二時間続けて行ったわけです。

二時間の主題はどうであったかといいますと,一時間目の主題としては
やはり, エイズの怖させいうものを取り上げました。事前アンケートを
生徒にとったところ,特に女生徒にこの傾向が多かったんですが,自分
には全く関係ないと思っている者も多くいたんですね。男子生徒は比較
的,何か親近感をもっていたみたいなんですが,女性徒は自分とはまっ
たく関係がない病気だというふうにアンケートに答えておりましたので,
やはりここは一度だれにでも感染しうる病気なんだということは教えて
おくべきだろうと思いまして,そういった内容を一時間目の主題にあげ
たわけなんですね。

この中で特に私が力点を置いたのは,人の体に本来備わっている免疫の
素晴らしさです。私たちの体というのは六十兆もの細胞がみんな仲良く,
うまくやっている,人間だったら,わずか何人かの集団でもすぐ仲たが
いをしたり,派閥を作ったりするのに細胞は六十兆も集まって,それが
みんな自分の役割をそれぞれ果たして,仲良くやっているんです。それ
は本当に驚異的な事であります。その中でも特に外敵に対する守りの役
割をしているのが免疫といろいろな細胞たちなんです。この細胞の素晴
らしさというのをぜひとも訴えたいと,それを一つのきっかけとして自
分の体に対する感謝の気持ちとかあるいは他人に対するいたわりの気持
ちが芽生えてくれたら,素晴らしいと思いまして,一時間目の大さな柱
としてこの免疫の素晴らしさというものをあげたんです。結果として,
授業が終わった後にもう一度アンケートをとりましたところ,お手許の
資料B4のところの四枚目にあると思いますが,人の免疫の素晴らしさ
というものが大変印象に残ったという生徒がかなり数多く出てきたんで
す。本来我々が持っている機能というのはこんなに素晴らしいんだ。だ
からこれを壊すエイズは恐ろしいんだよというのは一時間言に私が訴え
たかつたことなんです。そういう意味では,ある程度の成功は収めたの
かなというふうに自己評価しています。

これの副産物としまして一学期の終りに三者面談をした時に,ある女子
生徒のお母さんがこういうことを言われたんです。この前先生の授業を
聞いて帰って,娘が,ぜひともそのすばらしい人間の体をもっともっと
深く勉強したい,だから,理系に進みたい,と言ったんですよ,とおっ
しゃいまして,感無量の思いがいたしました。そのお母さんからは,後
日,手紙もいただきました。これは最近のことなんですが,その手紙の
文章を若干紹介させていただきたいと思います。

「柿の実がうっすら色づき始め,朝夕の肌寒さに秋を感じる近頃です。
お元気でお過ごしでしょうか。早いものですね。いろいろなことを言い
ながらの毎日でしたが,高校生活にもすっかり慣れ,先日の諫早の研修
も楽しんできたようすでした。その分先生は大変ではなかったですか。
本当にお疲れさまでした。私事ですが,最近,体の仕組み,六十兆以上
の細胞からなっていること,それが毎日生まれ変わっており,各々に寿
命があること等を知る機会に恵まれました。そんなときに先生が命の尊
さを子供達に,と言われました。そして,エイズの勉強を通して,目に
はみえない仕組みを,私が近頃理解したことをわが子がもっと分かりや
すく理解していることに驚いたと同時に,大変うれしく思いました。し
かもテキストで私が理解できるように説明してくれるのです。そのとき
の娘の目は輝いていてとてもうれしい一時でした。また,そんなすばら
しい先生にお会いできたことにも大変感謝しておりまして……」

あと後ろは省略させていただきますが,このような内容の手紙を最近い
ただきました。やはり子供達にたいして本当に,人間の命の,あるいは
その他の生物がもっている命を含めて,命というもののすばらしさを訴
えていくことがやはり何より子供の心の成長に役立つのではないか,と
意を強くした次第です。

二時間目の方の主題としまして取り上げたのは,エイズの予防と生命尊
重の理念ということです。なぜこの二つがつながるのかというふうに疑
問をお持ちの方もおられると思うのですが,結論的に言いますとい私が
最もエイズの予防に重要であると思っておりますのが,この生命尊重の
考えなんですね。

今いろんなところでエイズの研修会ですとか講演会ですとか開かれてい
ると思います。いろいろな方がそれぞれに熱い思いを語られます。私が
これまで参加したもので,必ず言われるのが,コンドームしかないとい
うことなんです。予防法としてそれしかないというのが現状なのかもし
れません。ところが私が生徒に対して訴えるときには,コンドームとい
うものは本来,相手が感染した夫婦の間で,それでもやはり,愛を確か
め合うために性交渉をする時にリスク覚悟で,危険覚悟で,それでもや
はり予防のために用いるものだというふうに生徒には言っているんです。
かなりやはり危険はあるわけです。

その例を,資料にも載せさせていただいておりますが,アメリカの医学
雑誌の調査では,きちんとコンドームを常用したにもかかわらず,二年
間の間で夫婦の一方に感染した確率が十パーセントほどあったという報
告もなされておりますし,アメリカでは,十代の子偽達の妊娠中絶をな
んとか防ぐためにコンドームの予算を倍増,あるいは三倍増したにもか
かわらず,逆に十年間の間に,妊娠も中絶も激増したという報告もなさ
れています。こういうものを見るにつけ,果たしてコンドームをつけな
さいと言えば,それでエイズが予防できるのか,というのが私は大変疑
間に思っているところです。

確かにそのような教育も必要だと思うのですが,私はこういうように考
えています。今回,私は六月に授業を行ったわけなんですが,それから
生徒たちには一ヶ月余りの夏休みがあったわけなんですね。私があの授
業の中で.コンドームさえつければ予防できますよ,完全ではないけれ
ど,と言った時と,今回私がやった方法で生命尊重を訴えた時と,夏休
みに子供達が,もし性行為に走る場面があった時に踏みとどまらせる力
として,果たしてどちらが強いかということを思ったわけなんです。確
かに現状は私たちの目を覆うばかりのものがあると思います。

後程,保健所の所長さんのほうから,そういうお話があるだろうと思い
ますが,大変厳しい現状は確かにあると思います。であればこそ,私た
ち教師保護者含めて,子供達には本来の姿というものを強く訴えていく
べきだと思うんです。本来,性というものはそういうものじゃないんだ,
命を授かるための大変神聖ないとなみなんだと,そういうふうな訴え方
をやはりしていくべきだと私は思っております。

今日福岡県だけでも,だいたい年間報告されるだけで二千件の中絶があ
ると言われています。これは実に恐ろしいことです。実数はその三倍ぐ
らいじゃないかと言われているんですが,これだけたくさんの命が闇か
ら間へと葬られていくわけです。このような現状を考えるに,やはり付
け焼き刃の対処法では私はだめだと思うんです。子供達の考え方そのも
のを変えるような,そんな力をもった教育をやっていくべきだと考えて
います。

今回,特にこの生命尊重の気持ちというものを生徒に訴えるために用い
た題材として,その生徒用の資料に載せておりますが,ここをご覧いた
だきたいと思います。松原さんという籠源寺というお寺の住職さんが,
ある講演会でお話しされた内容を引用させていただいたものがあります。
私もこれを読んで大変感動しました。本当にすばらしいお話しだと思い
ました。私の妻はこれを読んだとき涙ぐんでおりました。そういうふう
な,大人でさえも動かしてしまう力がこの文章にはあると思うんです。

特に今回,生徒に読んで聞かせて訴えたのが,「一生んでもらった」と
いう視点」という箇所なんです。本来,お母さんは子供を産むどころか,
自分の命さえ危ない状況の中で周囲の反対を振り切って,この子を守っ
てあげられるのは私しかいないんだと,目のみえない状態の中で,神様
に祈りながらこの松原住職さんを,命を懸けて産まれたのです。そのお
母さんの思いが,この住職さんに伝わって,今住職さんがたくさんの人
々の心にともしびを与た続けてくださる,そういうすばらしさに私は感
動したんです。

今回,エイズという本題からな外れるんですが,かなりこの箇所に時間
を割いて生徒に訴えかけたつもりです。命を大切にする。その命という
のは自分の命もそうだし,他人の命も,もっと広げればあらゆる生物の
命が本当に素晴らしい重要なものなんだということを訴えかけ続けてい
くことで生徒達の心を動かせれば,というふうに考えました。

私,今年度一年生の担任を持っておるんですが,入学して最初のときか
ら,教室でイモリとヒドラという,生物の中では教材によく用いられる
そんな生き物を飼育しております。毎日,生徒達は休み時間になると水
槽の回りに集まって,「あそこにいる」とか,「縮んだ」とかですね,
ワイワイ,キャーキャー言いながら生物の様子を観察しております。そ
んな日々,生物に愛情をもって接することができる,そんな子供達を育
てることができれば,私はどんな教育も可能だと思うんです。

ですからエイズ教育というのも,確かにエイズを教えなければいけない
んですがエイズだけを教えるそういう教育であってはいけないと思いま
す。エイズというものがこの人類にもたらしたものを題材にして,それ
がきっかけで,生徒達が命のすばらしさに目覚め,生き方を変える,そ
ういう教育をやはりやっていかなければならないと思っております。

今回,生徒たちにいろいろな訴え方をしてみたんですが,結果として生
命尊重の理念が大事だと印象に残ったと挙げた生徒は必ずも多くはあり
ませんでした。しかしながら,このエイズ患者に対して愛情をもつとい
うことに関しまして,今高校一年生と全く同じ年に生まれ育ったアメリ
カの少年リッキー・レイ君という人がいます。彼は血友病で,やはり治
療の際に感染し,昨年の十二月に命を全うして亡くなったんですね。そ
の彼を特集したテレビ番組のビデオを見せて,彼のお母さんや兄弟が,
お兄さんのことを語るその場面を見せて,そして,この少年のために自
分たちは今何をすべきか考えようというふうな訴え方をしたんですね。
そして最後にテレビで放映されたときのリッキー君に捧げる歌,「希望
そして寛容」という題なんですが,それをみんなで歌おう,ということ
で,みんな立って,声は小さかったけれども,気持ちを一つにして歌っ
て,そして授業を終えたんです。

そして,結果的に生徒に一番印象に残った項目は,男女ともに,このリッ
キー君のことが多く挙げられていました。やはり,自分たちと同じ年に
生まれた子供の人生というものが生徒達に与えた影響はすごく大きかった
と思います。ひとリクラスの中に,吃音ぎみのいわゆるどもりかげんの
子がおりまして,その生徒は,ともすれば引っ込み思案になりがちだっ
たんですが,最近,だんだんと積極性がでてきたんです。この生徒が一
生懸命声を出そうとして歌っている姿を見て,本当に私も感動しました。
ちょうどその子が学級日誌の当番に当たっておりまして,「僕もリッキー
の生き方を見習って自分の命を大切にしていきたい」という感想を学級日
誌に書いてくれたんです。この子の人生に対してリッキー君という少年が,
一つの勇気づけとして彼を支えていってくれれば,教師としてこれほどの
喜びはないというふうに私は思っております。

今までずっと学校現場でのエイズ教育の話をしてまいりましたので,今,
保護者の方々もたくさんお見えですので,ここでちょっと視点を変えまし
て,家庭での教育ということについて,わたしなりに考えておりますこと
を述べさせていただこうと思います。今これだけ問題が大きくなっており
ますので,やはリエイズに関して,わが子に語るべきだろうか,どのよう
にして性の問題を子供と話していったらいいのだろうか,そういう悩みと
いうのは,親御さんであれば誰しもあることだと思います。これに関して
私が思うのは今から述べますことを抜きにして,特別な働きかけをする必
要はないし,逆に,今から述べますことをしないでエイズだけを取り上げ
たり,性の問題だけを取り上げたりすれば,かえってうまくいかない場面
も出てくるんではないかと思います。それでは,ぜひともここを大事にし
ていただきたいというのはいったい何であるかといいますと,簡単なこと
なんですね。家庭で一番大事なこの性に関する教育というのは,自分の子
供が,本当にこの世に生まれてきたことを喜ぶことだと思うんです。自分
の誕生というものは,親御さんやあるいは周囲の家族や親戚に本当に喜び
をもって迎えられたんだと,そういう実感をもつことが,私は家庭の一番
大きな役割ではないかと思います。

そんなのは当然だというふうにお思いだと思うんですが,私が前任校にお
ります時に,担任をしているクラスの生徒対象にアンケートを取ったんで
す。他にもたくさんの項目があったんですが,その内のひとつに「自分が
生まれてきた事にはどう思いますか?」そうしましたところ,43名の回
答の中で「自分が生まれてきたことが本当に素晴らしいことだごと自信を
持って書いたのは27名しかいませんでした。極端に言えば「自分は生ま
れてくるべきではなかったんじゃないか」と書いた生徒は4名もおりまし
た。これは,私は恐ろしいことだと思うんですね。やはり,自分の誕生が
喜べない生徒は,自分の子どもの誕生も喜べないだろうと思うし,自分の
命を大切にできない分,他人の命も大切にできなくなると思うんです。一
事が万事だという気がしています。ですから,まずそこの所がが家庭では
最も重要なんではないでしょうか。

今からその家庭での教育ということに関して,たいへん素晴らしい例とた
いへん悲惨な例と両方をお話したいと思うんですが,まず,悲惨なほうか
らちょっとお話をさせていただこうと思います。ここに私が今持っている
本は,『かげろうの家」という本なんですが,こういうふうな帯が付いて
います。「事件が恐ろしいばかりではない,子どもを持つ人が読むと体が
震えてくるかもしれない」恐いですね,私もこれを読んだときぞっとしま
した。なんと恐ろしいことが書いてある本だろう,中を読むのが恐かった
りしたんですけども,私がこの本を読むようになったのはある事件がきっ
かけです。もうご存知の方も多いと思うんですが,女子高校生を自分の部
屋に一カ月も監禁して,最後は殺してコンクリート詰めにして始末したと
いう四人の少年達の事件が数年前にありました。あの事件を徹底的に取材
してルポした横川和夫さんという方がおられるんですね。この方の講演を
昨年聞く機会があったんです。その時,聞いた内容が大変ショッキングだっ
たので本を買って読むことにもたんですが,この四人というのがそんなに
特別な少年だったのかというと決してそんなことはないんです。みんな一
見すればごく普通の家庭で育っているんです。この子ども達がちょっとし
たきっかけで段々と道をはずれていって,最後にこういう恐ろしい事件を
引き起こしたというような結末になるんです。

勿論それだけで終わっておりませんで,その後の少年達の様子も克明に記
してあるわけですけども,なぜこの少年達がそういうふうな状況に追い込
まれていったか,やはり性の問題と密接に関わつているんですね。この女
子高校生は何度も何度も輪姦された挙げ句に「おまえには飽きた」と言わ
れて,今度は暴力の対象になつたんです。殴る蹴る,みんながおもしろがっ
て殴って,その打撲が原因でこの女子高校生は亡くなったわけです。なぜ
そういうような状況になっていったのか,やはり背景にあるのは,本当に
自分の誕生を喜んでいない家庭環境のようなんですね。猛烈な会社人間で
あるお父さんとか,子どもよりも愛人にうつつを抜かすお母さんですとか,
そういったものが背景にやはり出てくるんですけれども,家庭の中でやは
り子どもの命というものを大切に育む環境が無ければ,人間というのはそ
こまでになってしまうのかという気がしています。後ほど,置いておりま
す本と一緒にこの本も置いておきますので,興味のある方はこ覧いただい
て注文するなりしてで購読いただいたらと思うんです。特に男性の性遍歴
に関わる大きな要素として,母親から十分な愛情を受けていないというこ
とがあるらしいです。母親から十分な愛情を受けずに育った男の子は次々
と女性をかえるそうです。一人の女性では満足できないんです。もっともっ
と自分に愛情をということで一方的な愛だけを求めて女性遍歴に走ってい
くそうです。本当に,始まりは些細なことでも子どもの人生を大きく変え
ることになるんです。

ですから,今日保護者の方々がお帰りになられて今すぐというわけではな
いんですが,チャンスがあれば語りかけていただぎたいのは,「あなたが
生まれて本当に私たちは嬉しかった」,「誕生を心から待った」,「こう
いうふうないろんな思いを込めてあなたの名前を付けたんだ」ということ
を語ってほしいと思うんです。私は自分の子どもの誕生に立ち会いました 。
そして本当に命が生み出される瞬間というものの素晴らしさを実感したん
ですね。その気持ちというものは,皆さん一緒だったと思います。それを
やはりどんなに年令が上になっていようと,私たち大人になっても構わな
いと思うんですよ。やはり母親,父親から「あなたが生まれてきた時はこ
うだったのよ」と聞かされるということは,本当に強い勇気づけになると
思います。人生の大きな支えになると思うんです。それをやはり家庭でやっ
ていただきたい,それが十分にできてから初めて性の問題ですとか,エイ
ズの問題ですとかに入って行けるんではないでしょうか,それを私は最近
強く感じています。

大変恐ろしい例をあげましたんで,今度は心温まる例をひとつ話したいと
思います。これも講演を聞いた中で出てきたんですが,交通事故でお父
さんが亡くなった。お母さんと子どもさんが二人の家庭で,一人が女の
子でその女の子が小学校四年生なんです。算数のテストを学校で受けて
持って帰ってきたんです。その算数のテストの中にこんな問題があった
んです。「林檎が一個ありました。それを二人に分けたら一人何分の一
ずつでしょうか?」これは皆さんには簡単な問題であるんですが,その
子は答に四分の一と書いて先生から×をもらったんです。普通こういう
答案を持って帰って来ますと,私もそういう経験があるような無いよう
な気がしているんですが,お母さんというのは「どうしたんね」,「こ
の子はこんな簡単な問題を間違えて」とか,極端な場合「バカやないね
あんたは」とかいった言い方をされがちです。あるいはそんな所を見な
いで点数だけ見てですね,「何でこんな悪い点しか取らなかったのか」
とか,「家でもっと勉強しなさい」とか,小言の材料になるとかいった
事が往々にしてあると思うんですが,このお母さんは違っていたんです
ね,何も言わずに「なぜあなたは,この答を書いたの?」と聞いたんで
す。そうするとその女の子は,「林檎1個を4つに切って私たち家族が
1個ずつもらって,残った1個はお父さんの仏壇に供えるの,だから四
分の一なの」,たいへん素晴らしい答だと思いませんか。確かにテスト
は×です。これは私も反省する所なんですが,私たち教師は,答案に書
かれてある数字だけしか判断する事しかできません。四分の一は三分の
一じゃないから×だとしかできないんです。このお母さんはこの子の答
案の背後にあるものを導き出すことができたんです。それが大変素晴ら
しい事であったわけです。ですから,確かにその答が三分の一であれば
あと何点か算数の点は上がったんでしょうけども,「この子の人生にとっ
て亡くなったお父さんを一生偲んで仏壇にお供えをして,大事にしてい
く,そういう気持ちがどれだけ人生の支えになるか,それは本当にかけ
がえのない大きなものだ」と講師の方もおっしゃいましたし,私もその
通りだと思いました。さっそく,私が担任をしております生徒に,一番
最初の中間考査の成績を返す時にいこの話を紹介して聞かせたんです。
今日この結果を持って帰ったら中には怒られる者もおるかもしれん,何
でこんな点数しか取りきらんのかと言われたら,今日のこの話をして聞
かせなさい」と言ったんです。生徒達が,はたして家でその話をしたか
どうかは聞いていないんですが,学級日誌に生徒の内の一人が,「今日
はたいへん素晴らしい話を聞きました。ありがとうございました。」と
いうふうなことを書いていました。

やはり,高校生であっても子どもというのは,ある面ではすごく純粋な
んですね。そういう素晴らしい話が心の中にしみこんでいくそういう素
養を持っていると思います。ですから私は,やはり家庭というものは先
ほどの四人の少年のように,どんどん追い込んで行くそういう場であっ
てはならないと思います。子どもの良さをどんどん引き出して,そして
子どもの素晴らしさを認めてやる,命の大切さを本当に家族のみんなが
分から合える,それが家庭の姿ではないかと考えているわけです。

私も,一才九ヶ月ぐらいの子どもが一人おりますが,この子に対して自
分がこれからどんな教育をしていくかという事が,まさに自分に課せら
れた問題だと思うんです。今はまだ物を語っても理解できませんけれど
も,話がわかるようになったらすぐにでも,「おまえが生まれたときに
は,本当にお母さんもお父さんも祈るような気持ちで誕生を待ったんだ
と話して聞かせたいですね。私はただ立ち会うだけではなくて,助産婦
さんが普通やるような頭を持って押し出すというような事をやって,最
後はお腹を一緒になって押して子どもを出したりするような事までやっ
たんですけども,本当に命の産み出た瞬間というのは私の人生にとって
かけがえのない大きな時間だったと思います。

ですから,多少繰り返しになりますが,やはりご家庭で性やエイズの問
題を考える時に,まず,子ども達に生そのものの本当の素晴らしさが自
らわかるように,自分の誕生を素直に喜びとして受けとれるような家庭
環境をつくっていただきたいと思います。学校でも,これから段々と患
者・感染者が出てくるのではないかと思います。あるいは,福岡県だけ
でも血友病でエイズに感染した人の数はざっと試算しても五十人ぐらい
にはなるだろうと思います。そうした現状の中で,学校教育にもエイズ
あるいはエイズ患者・感染者との共生とう課題が課せられると思います。
このような問題を考えて行くために,やはり一人の力は微々たるもので
す。みんなが知恵や力を出し合って,木当にエイズという病気を我々が
受け入れられるような社会をつくっていくことが,今求められているよ
うに思います。

だいたい,予定の時間が来ているようですので,大変拙い話でほとんど
何も役に立たなかった事と思いますが,これで私の話を終わらせていた
だきます。どうも御静聴ありがとうございました。

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2005年11月20日 (日)

草伏村生(故人)氏との対談(平成5年10月)

  平成五年の十月二日、大分市の喫茶店で、HIV感染
者である(故)草伏村生氏(ペンネーム)にお会いする機会を
得た。氏は、血友病の治療の過程で、血液製剤によりエ
イズの原因ウイルスであるHIVに感染された。その不
当性を訴えるために、「冬の銀河」という本を出版され、
各地で講演活動を行っておられる。八月に私がある研修
会への参加で別府を訪れた際にお会いしたいと思ったの
だが、氏の都合がつかず、ようやく会見が実現した次第
である。

  はじめて、お目にかかる草伏氏は、幼少期の内出血に
よる間接変形のため、足が不自由であられたが、自動車
をうまく乗りこなし、たいへんお元気そうであった。エ
イズ発病の前段階とされている「エイズ関連症候群」の
状態であると著書に書かれているが、思わずそれを疑っ
てしまうほどであった。アメリカCDCは、エイズの従
来の段階分けを改め、CD4(血液中に存在するヘルパ
ーT細胞の数を示すタンパク質)の値で、ある値を切っ
たら、エイズとして認定するようにしているとのことだ
が、果たしてそれが適当かどうか改めて考えされられる
きっかけともなった。

  会見の目的は、草伏氏の思いを生徒たちに伝えるとい
うことにあったが、もう一つ、性行為が原因となったエ
イズの患者・感染者に対する差別意識をいかにして払拭
させていくかを探りたいという気持ちも私の頭の中には
あった。所期の目的がうまく達成できたとはいいにくい
面もあるが、今回の会見は、たいへん示唆に富む内容を
多く含んでいたように思う。その一端をご紹介し、今後
の「エイズ教育」の発展に貢献できればと思い、筆をと
った次第である。以下、懇談の内容を対話形式で記す。

最初のうち、草伏氏は一つひとつ言葉を選びながら、ぽ
つり、ぽつりと話をされた。また、後半は堰をきったよ
うに思いのたけを語られた。会話が噛み合っていないと
思われる箇所があるのはそのためであることをあらかじ
めお断りしておく。

お互いの自己紹介ののち・・・・・・・・・

私「私は、昨年度エイズ教育の研究を依頼され、その成
果を一冊の本にまとめました。また、あるべきエイズ教
育の姿を提言として世に問うということもしました。そ
れをご覧になられた毎日新聞の方が取材に見えて、授業
をしてみせてくれないかとおっしゃり、私で良ければお
みせしましょうということで六月にそれをしたのです。
もちろん私自身もエイズの授業をしたいという気持ちは
以前からもっていたからではあるのですが。そのことは
お聞きになりましたか。」

草伏氏「はい」

私「私は本来生徒に対しては、土台となる性教育をしっ
かりと行って、考え方がきちんと整ってからエイズ教育
に入っていきたいという気持ちをもっていたのです。今
回は先程述べたような事情から、一回で、完結した内容
の授業をしなければならないということで、LHRと理
科の授業を合わせ、二時間続きで授業をしました。その
ために、ずいぶん苦労もしましたが、授業の中でもっと
も訴えたかったことは「いのちの尊さ」ということです。
自分のいのちはもちろん、ほかの人のいのちも、そして
生きとし生けるものすべてのいのちも同じように素晴ら
しい大切なものだ、という気持ちをもたせたかったので
す。そのことが、世の中にあるさまざまな差別、そして
今問題になっているPWA(エイズ患者・感染者のこと)
に対する差別に対して、解決の道を探るきっかけになる
のではないかと考えたのです。そのために、日頃から教
室にイモリやヒドラといった動物を飼育し、日々そのい
のちにふれあわせることで、人間としての本当の優しさ
といったものを函養していく努力をしています。性教育
・エイズ教育というものもその土台の上に位置づけたい
と考えています。」

草伏氏「性教育には三つの流れがあるそうですね。私は
よくわかりませんが。」

私「一つは山本直英氏で、一つは田能村氏でしょうか。
三つというのは私もよくわかりませんが、性行為に対す
る見方で大きく分けると、男女のもっとも素晴らしい愛
の営みと考える流れと、いのちを生み出す神聖な行為と
いうように考える流れがあるのではないかと思います。
私は後者の考え方に強く共感を抱いています。」

私「草伏さんの書かれた文章の中で、養護教諭の友人に
血友病の患者のことは生徒に言わない方が良いかと尋ね
られて、それは違う。是非とも正しく生徒に伝えて欲し
いとおっしゃったという内容がありました。私たち教師
は生徒に血友病の患者・感染者のことをどう伝えたらよ
いでしょうか」

草伏氏「私たちも試行錯誤しています。現場の教師とは
性教育をどうするか、よく話し合います。例えば避妊を
どう教えるかについて、養護教諭の友人は友達が妊娠し
たといって相談にくる生徒のことを教えてくれました。
その友達は、私はこれまで一回も妊娠したことがなかっ
たから、妊娠しにくい体質なんだといっていたそうです。
女子の性教育や男子の性教育についても話をします。エ
イズ教育はまだあまりなされていないようです。性教育
をきちんとすればエイズ教育は必要ないという認識を私
はもっています。私の教師の中で私の古くからの友人は
学校におけるエイズ教育をことさらにしようとはしませ
ん。ところが、最近知り合った人は私を学校に連れてい
って話をさせようとします。大変エイズ教育に熱心なの
です。これはなぜでしょうか。」

私「草伏さんの古くからの友人の方は、草伏さんと一心
同体というか、気持ちを分かち合うことができて、その
気持ちのままに生徒に話をすることができるからこそ、
とりたててしようとはされないのだと思います。一方、
最近知り合った方はエイズ教育に対する恐れというか、
自信のなさがあってその部分を草伏さんに話をしてもら
うことで補いたいという気持ちがあるからではないかと
思います。」

草伏氏「私はともに生きていく社会は、慣れ合いの問題
なのではないかと思います。ある日突然そういう社会が
できるのではなくて、慣れ合っていくうちに自然とそう
なるのではないかということです。」

草伏氏「感染者と発症者の違いということがよくわかっ
ていない方が多いようです。エイズはすぐには死なない
病気なのです。私は中高生の感染者の家庭を訪問したり
しています。「どう感染者を支えていく社会をつくるか」
が私の最大のテーマです。私は予防教育についてはよく
わかりません。友人の教師は、純潔教育も必要かもしれ
ないなどといっています。」

草伏氏「感染予防は簡単です。これから先日本でエイズ
が蔓延したら、それは無知からくるとしか考えられませ
ん。その意味で教育は大切だと思います。」

草伏氏「病院に入院している感染者の友人が言っていた
ことです。自分の隣のベッドの女性のところに姪が見舞
いにきて、アメリカに留学する(旅行する)といったそ
うです。そうするとその女性は「アメリカで変な病気を
もらったら許さないよ」といったそうです。私の友人は
それを聞いてすごくショックを受けたようです。私を支
えてくれる人たちは変な病気をもらってくることはない
と思います。」

草伏氏「ある大学の先生は、予防教育と共生教育は相反
するとおっしゃっています。先生は、生物の先生ですね。
なぜ先生になられたのですか。」

私「私は小学生の時にガンという病気の恐さを知り、子
ども心に自分もガンの撲滅のために何かしたいという気
持ちになりました。それで理系の道を選んだのです。医
学部に行くことも考えましたが、研究をしたいという思
いの方が強く、農学部農芸化学科という進路を選んだの
です。大学では免疫を高める薬の研究をしました。その
頃から免疫という現象に大変興味を抱いていましたし、
エイズに対しても早くから興味・関心をもっていました。
結果的には、家庭の経済事情といきもののいのちの大切
さ、素晴らしさを次の世代に伝える役目につきたいとい
う気持ちの高まりから、教師の道を選びました。」

草伏氏「先生が大学で研究されたという免疫はどんな免
疫ですか。」

私「私がやったのはカニの甲羅から細胞性免疫賦活作用
いわゆるアジュバント作用をもつ物質を作り出せないか
という基礎的な研究です。ご存じと思いますが、免疫に
はガン細胞などを倒す細胞性免疫というものがあります。
これを高める薬を作れないだろうかという研究です。」

草伏氏「免疫を調べるのは動物実験か何かですか」

私「私は、作る研究に携わっていただけで、当時その作
用を調べていたのは別の大学だったと思います。胸腺が
ないヌードマウスという動物をご存じですか。それに新
しく作った物質を注射して免疫機能がどうなったかとい
うような調べ方をしたのではないかと思います。」

草伏氏「私のCD4値は今14です。どうして私はこう
して大丈夫なのでしょうか。意外に風邪をひかなかった
りするんですが。」

私「薬はddIを飲んであるのですか。」

草伏氏「私はAZTとddIを併用して飲んでいます。
それがいいようです。」

私「免疫というものは大変に微妙なもので、いろいろな
物質がそのスイッチを入れることはできるのです。その
スイッチがONになるかOFFになるか、条件によって
違ってきますから難しいのですが。例えばガンの場合、
サルノコシカケからクレスチンという抗ガン剤がつくら
れています。また、エイズにもシイタケからとれるレン
チナンが効くのではないかなどと言われています。ガン
の場合、末期なのに例外的に助かるという場合がありま
すよね。肺ガンだった私の伯母も薬がうまく合い、一時
は富士山に登ることすらできるくらいに回復していまし
た。しかしながら風邪か肺炎をきっかけに薬をやめた途
端、病状が急変し、ついには帰らぬ人となってしまいま
した。残念ながら例外にはなることができなかったので
す。しかしながら、このような事例はエイズという病気
に対しても大きな勇気と希望を与えてくれると思います。」

私「また、免疫の状態は精神にも強く作用されるという
ことが最近よく言われています。私が常々考えていたこ
となんですが、草伏さんの場合はご自分に使命を課して
おられ、常に気が張った状態にあるということも現在の
健康状態に大きく影響しているのではないでしょうか。」

草伏氏「レンチナンは効くと思われますか」

私「先ほど申しましたように、合う人と合わない人がい
るのではないかと思います。私が最も期待しているのは
可溶性CD4です。CD4リンパ球のことはよくご存じ
だと思います。HIVはもちろんこれにとりつくわけな
んですが、同じ構造をもった可溶性CD4というものを
体にばらまいてやるとHIVがだまされてそちらにくっ
つくために本物のリンパ球にとりつくのが減るのではな
いかという考え方です。また、一週間ほど前、西日本新
聞が報道していましたが、心不全の薬がかなり劇的にH
IVに対して効果を示したようです。今後も決定打には
ならないにしても少しずつ効く薬が日進月歩の勢いで開
発されていくのではないかと思います。」

(側にいた私の子どもをご覧になって)

草伏氏「お子さんはおいくつくらいですか。」

私「今、一歳と九ヶ月くらいです。もうすぐ二歳になり
ます。私は子どもの出産に立ち会って、生命の誕生とい
うものの、本当に言葉には言い尽くせない素晴らしさを
体験しました。その気持ちを少しでも生徒に伝えること
が、自分にできる何よりの性教育ではないかと考えてい
ます。」

草伏氏「私の知っている中学三年生の子どもが、既にエ
イズを発症しています。この子は学校に一週間に二回い
ければ良い方です。来年進学だがどうすれば良いだろう
か、と私たち仲間は話し合っているところです。本人は
全日制に進学を希望しています。両親は、定時制に入れ
て、昼は病院、夜は学校という生活を送らせたらどうか
と考えています。発症すれば五年生きられれば良いとい
う病気です。私たちはその子に今やりたいことをやらせ
たいのです。その子のやりたいことは、特別なことでは
なく、クラスの他の子と一緒に進学したいということら
しいのです。あの年頃の子どもというのはそういうもの
かもしれませんね。あの子は自分が死ぬということを果
たして認識しているのでしょうか。自分のことを学校や
同級生が知ったら学校に行けなくなるとは思っているよ
うです。でもその子は中学を卒業するときにカミング・
アウト(自分が感染者であると名乗り出ること)をする
つもりだといっているのです。両親はそんなことをする
と私たちはみんなこの町では生きていけなくなるのよ、
と言って止めているようです。アメリカではライアン・
ホワイト君のような少年たちが社会改善に大きな貢献を
しました。日本で子どもたちに同じことを要求すること
は酷なことでしょう。またそうしなくても良いようにも
思います。」

草伏氏「先生たちは、その子が血友病であるということ
は知っています。その子と家族は先生たちが、実は子ど
ものHIV感染にも気づいているのではないかと思って
います。でも私たちはそうではないのではないかと思っ
ています。両親は、先生たちや学校にいろいろと要望す
ると問いつめられてしまうのではないかという危惧を抱
いています。私は他の病気で長期入院している子どもと
何ら同じだと思います。」

私「例えばウイルス性肝炎の問題などもあるのではない
でしょうか。私が昨年担任したクラスの中にB型肝炎の
キャリアである生徒がいました。母親と兄も感染し、発
病したとのことでした。そのことを生徒から打ち明けら
れた時に、学校生活の中では感染しないということは頭
ではわかっていても、教師として他の生徒との関係にど
う責任をもって対処すべきなのか悩みました。特にこの
生徒の場合は、看護婦希望で、受験する看護学校の入試
書類の身体検査の項目にHB抗体(B型肝炎ウイルスに
対する抗体)の検査が含まれていたため、取り扱いに注
意するようにしました。この生徒は、何とか希望の学校
に入学することができました。今後看護婦として、人並
み以上の苦労もあるでしょうが、自分自身の経験から、
患者さんに対して思いやりをもって接することもできる
のではないかと思います。

私「また、現在私が受け持っている学年にツベルクリン
強陽性で、無理をすると結核を発病すると医者に言われ
ている生徒がいます。どう取り扱うべきか学年の会議で
も議題に上ったりしました。学校生活に関しては心配な
いということで、ひと安心はしています。こういう感染
性の病気に対しては人間はある種の本能的な恐れを抱く
のではないでしょうか。かつての結核や癩病の患者への
差別の歴史がそれを物語っているようです。」

草伏氏「最近NTTで講演するがあり、そこでHIVが
飛沫感染しないということだが、つばの中に血液が混じ
って、それが飛んで相手の口に入った場合、感染はしな
いのかということを聞かれました。私は、胃液で死ぬか
ら大丈夫じゃないかと答えました。一般の人々は感染経
路が良くわかっていないのではないかと思います。性行
為によってしか感染はしないということがなぜわかって
もらえないのでしょうか。感染者だってふつうの顔をし
てふつうに生きているのだということがなぜわかっても
らえないのでしょうか。」

草伏氏「ある養護教諭の方が生徒から、先生は感染者の
人と会ったことがあるのか、一緒にご飯が食べられるの
かと聞かれて何も答えられなかったそうです。私たちの
仲間の一人は、その人がそのくらいの意識しかなかった
のだと言い放ちました。HIVは非常に恐ろしい病気だ
というイメージが先行してしまっているのではないかと
思います。感染予防は実に簡単であるにも関わらずです。」

(喫茶店の人に向かって)

「この人は福岡からわざわざ草伏村生に会いにこられた
そうなんだよ。先生たちはどうしたら感染者もふつうの
人間だということをわからせるか苦労しているんだって。」

私「私は、その点についてはそんなに苦労したという気
持ちはもっていません。今回の授業の際もアメリカのア
リ・ガーツさんやレイ兄弟の例などをひいて、その点は
何とか理解させられたと思います。それよりも私が壁に
ぶつかったと感じたのは、授業によって血友病が原因の
患者・感染者の方への差別意識は多少なりともぬぐい去
ることができたのですが、性行為が原因の方に対しては
むしろ見方が厳しくなるという結果が出たということで
す。新聞でもこの点については指摘を受けましたが、今
後の重要な課題だと思っています。草伏さんは、この問
題についてはどうお考えですか。」

草伏氏「同性愛で感染した人も私と同じように通院して
います。私たち感染者にとって、感染経路が違うという
ことは何ら問題になりません。しかしながら、一方で、
血友病で感染した子どもをもつ母親は、性行為による感
染とはいっしょにしないで欲しいと思っています。」

草伏氏「感染経路が違っても自分自身が性行為によって
感染する病気だという認識はもっていないといけません。
経路で発症の仕方が違うとは思いません。そういう気持
ちを自分の中にもっています。」

草伏氏「感染者の側はHIVは慢性疾患の一つだと思っ
ています。しかし、私が会った保健婦の人たちは、私が
そう言うのを聞くとびっくりしたようにHIVは性行為
感染症でしょうと言いました。私が感染を知ってから六
年たっています。感染してからは十年たっているでしょ
う。HIVの患者はすぐには死にません。白血病の子ど
もの父親・母親にとっては短期決戦で、五年どうやって
生きさせるかという問題です。それに対してエイズは十
年-二十年の長いレベルでどう生きていくのか、どうエ
イズと向かい合うのかという問題なのです。HIVとの
共存は社会の人たちがPWAとどう共存していくかとい
う問題であると同時に、感染者の側からは、感染した自
分とどう共存していくかという問題でもあるのです。六
年たった今でも自分はどうしてHIVで死んでいくのか
悩みます。しかしながら、六年前と今とで自分の中にあ
る変化が生じています。それは自分は感染源ではないと
いうことです。自分の血液と精液が感染源であるという
ことです。六年前は自分のからだすべてがウイルスに置
きかわってしまって、自分がまるで異星人になってしま
ったような感覚をもちました。しかし今は、それも自分
の一部であって、私は私として生きていくのだと思って
います。最終的にはHIVで死ぬんだろうとは思います
が。自分の人生はHIVのために変わってしまったとは
あまり考えません。」

草伏氏「私は話し方が牧師に似ていると言われます。私
は子どもの頃、牧師になりたいと思っていました。だか
らかもしれません。HIVに感染した子どもたちは、そ
れぞれ自分は鉄道マニアになりたい、とか医者になりた
いとか思っています。やはり自分の人生を変えられたわ
けではありません。HIVを人類はまだねじふせること
ができませんが、感染した一人ひとりにとってはそんな
に大変なウイルスというわけではないし、ふつうに生き
ていけるのではないかと思います。よく感染者が胸をは
って病院に行ける社会を、と言われますが、胸をはって
行く必要はないと思います。ごくふつうに行けばよいの
ではないでしょうか。私の母はそう言っています。そう
いう社会を作ることが私の課題だと思っています。私は
有名人にはならない、と人は言います。そんな顔はして
いないのだそうです。今、福岡県の人口は四百万人ぐら
いですか。」

私「二つの百万都市がありますから、もう少し多いので
はないでしょうか。」

草伏氏「そうですか。血友病の男子が生まれる確率はだ
いたい一万分の一くらいですから、単純計算しても福岡
県には二百名以上の血友病患者がいることになります。
そのうちの約四割がHIVに感染していると考えられま
すから、感染者はすごい数になります。この人たちの誰
一人として私のように名乗り出ることもなくひっそりと
暮らしているのだろうと思います。私はいつもこの方た
ちが、いまどうしているか、大変心配しています。HI
V人権相談というのがありますが、患者の相談にはあま
り乗っていないようです。共存できる社会作りというの
は例えばエイズがB型肝炎のような病気として認められ
ることではないかと思います。しかし、それぐらい広が
ればもうおしまいらしいですね。自分を感染者と認めた
上でつきあっていける仲間がいるから私はやっていけて
いるわけですが、ふつうの人にとっては感染を知られる
ことはやはり恐ろしいいことなのでしょう。ある同性愛
者はそのことを家族にも両親にも隠していて、感染して
発病し、亡くなったときも肝硬変といった別の病名にし
ていました。こういう方にとってはエイズはすごい重荷
だと思います。私ももし性行為で感染していたら、こう
して本を出したり、人に言ったりできないと思います。
平田氏がテレビに出ることに対して一般の人は自業自得
であるという考え方をされるようです。偏見が強いので
す。私がいかにも女好きでプレイボーイのような風貌を
していたら、みんなの前で話をすればするほど逆に偏見
が強まるのではないかと思います。」

私「本日は、ほんとうにお忙しいところ、お時間をさい
てくださいましてありがとうございます。お体にくれぐ
れも注意なさってください。ますますのご活躍をお祈り
しております。」

草伏氏「こんど、築上の方の学校に招かれて講演をする
予定です。福岡の方にもよく行きます。また、是非お会
いしたいものですね。」

会見を終えて
  当初、草伏氏は私の訪問に対して多少なりとも当惑の
表情をされていた。福岡から遠路はるばる自分に会うた
めだけに来たという一人の高校教師に対して、どう接し
たら良いのか考えあぐねている風であった。警戒心も少
しはあったかもしれない。しかしながら、少しずつ話を
進めていくうちに、安心されていくのが感じ取られた。
私がただ純粋に話を聞きに来ただけで、それ以上は何も
求めていないということをご理解下さったのだろうと思
う。草伏氏の方から逆に質問を発っせられることも時間
の経過とともに多くなった。食事をとりながら話をした
のもお互いがうちとけ合うのには良かったかもしれない。

 私が今回の会見で得た最も大きなことは感染者自身の
心の動きを知ることができたことだと思う。感染の事実
を知った直後は、自分のからだ全部がウイルスに置き変
わってしまったような感じがしたが、今は自分の血液や
精液だけが感染源であって、自分が感染源ではないのだ
という理解の仕方ができたとおっしゃったことである。
生徒に対して感染者への理解を進める上でも、また感染
予防の心構えを作る上でもたいへん説得力のある言葉で
はないだろうか。今度指導案を作成する際には、是非と
も盛り込みたいと思っているところである。また、他県
ではあるが、現実にエイズに感染している中・高生の様
子を伺い知ることができたのも大きな収穫であった。一
日も早く特効薬が開発されて、彼らが快癒することを祈
るばかりである。

  本県の「エイズ教育」は今ようやく始まったばかりで
ある。今後、各学校におけるとりくみの中で、感染予防
教育と感染者への共生教育を両立するという大きな課題
が待っていると思う。私もまだ、その点に関しては到底
克服できているとはいえない状態である。しかしながら、
生命尊重の視点をもって生徒に迫ることが、この難題を
解決できる唯一の道であるという強い信念をもっている。
今後さらなる実践を積み重ね、よりよい方法を模索して
いきたいと考えている。

今回の公開に伴って、以下加筆しました。

草伏氏は、精力的に講演活動をこなすかたわら、東京HIV
訴訟の原告の一人として血液製剤による感染の不当性を
訴え続けられ、平成8年10月(ちょうど私がお会いして
3年目の秋)にこの世を去られた。友人の一人として、
謹んで冥福をお祈りするとともに、氏の思いを受け継ぐ
人間の一人として、後生に氏の生き様を伝え続ける役割
を担っていきたいと思う。

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2005年10月 3日 (月)

花子さんの休日

人権教育作品 「花子さんの休日」 
 福岡県同和教育副読本『かがやき』掲載分より

この作品は、平成9年に私が、
福岡県同和教育副読本執筆委員として、
執筆したものです。

大分に在住しておられたHIV感染者
草伏村生さん(ペンネーム)との懇談と
実際に授業をした際の
生徒さんたちの感想文をもとにしたものです。

以前これを読んで書いてくださった
ある友人の感想を載せておきます。

このお話、泣きました。(;;)
とてもいいおはなしなので、
是非公開されることをお勧めします。
いやー、久々ぽろりと
涙が私の頬をつたいました。
エイズのお話なんですけどね。
興味を持つ方もいらっしゃるんじゃないかな?


ちなみに、作品中に出てくる「手紙」という曲は、
著作者である空工房の茅野さんに
歌詞の掲載と、曲のダビングの許可をいただいています。

「花子さんの休日」

花子さんは高校一年生です。
花子さんの通う学校では一年に一度
エイズ教育の授業が行われます。
花子さんは、エイズという病気については
もちろん知っていましたが、
遠い世界のことだと思っていました。
また、エイズになった人は、
悪いことをして病気がうつったのだから、
その人の責任だとも考えていたのです。



今日は、そのエイズ教育の日です。
ひと通り説明した後、担任の先生が言いました。
「血友病の治療でエイズに感染したケースでは、
みんなと同じくらいの年頃の人も
たくさんいるんだよ。
今日はそのうちの一人の男の子と
そのお父さんが書いた手紙をもとにつくられた歌を
みんなで聴いてみようね。
これを聴いてどんな感想をもったか書いてごらん。」
そしてテープレコーダのスイッチを押しました。
教室に曲が流れ始めました。それはこんな曲でした。


手   紙
  手紙 M君のお父さん 曲 茅野 明
僕は十五歳。
僕は、小さい頃から出血があると
一人で病院に行って血液製剤の注射を
してもらっていました。
その血液製剤にエイズのウイルスが入っていたために、
僕はHIVに感染させられてしまいました。
僕がそのことを知らされたのは、三年前の秋でした。
父は真剣な顔をしていました。
「そのことを知った時、お父さんはショックだった。
お母さんは我を忘れて泣き明かした。
おまえもショックだろうと思う。
告げるべきかどうか随分悩んだが
お前を信じて言うことにした。」
父の目に涙が溢れていました。
僕はまもなく死ぬのだろうか。
学校の友達や先生がこのことを知ったら
どうなるのだろうか。
そんなことがグルグル頭の中をかけめぐりました。
「怖い」という気持ちが胸をしめつけました。
でも、僕は泣きませんでした。
父と母の真剣な顔が僕を見守ってくれていました。
この日から僕の人生は大きく変わりました。
それから数日後、
この日、話してくれた言葉を
父が改めて手紙にして僕に渡してくれました。
僕は今でも、その手紙を大切にもっています。


♪おまえが産声をあげた時
 空はどこまでも青く澄み渡り
 さわやかな風や木の葉のささやきが
 おまえの誕生を祝ってくれていた
 おまえが二歳の時だった
 歯茎から血が出て止まらず
 あちこちの病院を尋ね回って
 血液の病気だとわかった
 いつも 元気に庭を駆けまわる おまえの姿に
 どれ程の希望と生きがいを
 私は感じたことだろう

 野球帽を後ろかぶりに
 ポシェット抱えたおまえの姿を
 私は心に焼き付けて
 おまえと一緒に生きて行こうと 誓った

 そんなおまえに よかれと
 打ってもらった血液製剤に
 よりによってエイズのウイルスが
 混じっていたなんて
 そしておまえの検査の結果
 陽性だと告げられたとき
 おまえの母さんは 我を忘れて
 一晩じゅう泣きあかした
 だけど 私はおまえの父さんだ
 おまえにいつも希望を与え
 輝いていなくてはならない
 私は真剣に生きはじめた

 だから私は あえて事実をおまえに告げた
 今 おまえはいろんなことで
 悩んで葛藤していることだろう
 でも おまえの体は おまえだけのものではない
 たくさんの人のためにあり
 たくさんの人から支えられて
 今 ここにあるということを
 覚えておいてほしい
 おまえは
 みんなと一緒に生きているということを
 この広い世の中には
 おまえと同じように苦しみ
 悩んでいる人がたくさんいるじゃないか
 だから どうか 輝いて生きてほしい
 私は おまえではないし
 おまえの本当の苦しみはわからない
 だけども 
 おまえの生命(いのち)を授けたものとして
 分かりあって生きていきたい♪

 今 おまえの回りには
 おまえのことを分かってくれる人がたくさん
 いるじゃないか
 どうか少しでも おまえ自身のことをよく考え
 大切にしてほしい

♪どうか勇気を持って
 君の心に挑戦状をたたきつけ 立ち向かい
 多くの人々に希望を与えてもらいたい♪

 どんなことがあっても
 生き抜くんだ
  父より愛する息子へ
詩歌集 「冬の銀河」 HIVとともに生きて
一人芝居冬の銀河事務局・空工房より


花子さんは最初誰か知らない人が
妙にまじめに歌い始めたので笑ってしまいました。
でも、歌を聴き終わった後、
自分が笑ったことをすごく後悔しました。
なぜなら、自分みたいに何の病気にもならず、
何の苦労もせずに生きている人間には、
想像もつかないような厳しい現実が
そこにはあったからです。
エイズウイルスに感染したこの男の子は強いのです。
自分なんかよりもずっとずっと。
花子さんの心の中に静かに感動が広がっていきました。
「この男の子みたいに私も強く生きよう。
感染者の方のために私でできることが何かあればやりたい。」
そう思ったのです。花子さんは思わず涙ぐんでしまいました。
でも、その一方で花子さんはこうも考えたのです。
「性行為で感染したこころがけの悪い人たちのために、
血友病で感染した人まで差別されるのは許せないわ。
同じ感染者でも大違いよ。」
花子さんは、感想文にそう思っている自分の気持ちを
正直に書きました。


次の日の放課後、先生が花子さんに声をかけられました。
「ちょっと話があるから、相談室まできてごらん。」
花子さんが行くと、先生はまっすぐに目を見つめて
おっしゃいました。
「君の感想文を読ませてもらったよ。
歌を聴いて心を動かされた様子がよく伝わってきて
うれしかった。
その純粋な感動を忘れないようにして欲しいね。」
「はい。本当に感動しました。
お父さんのやさしさにも心を打たれました。」
「そうだろうね。私も何度聴いても
心が洗われるような気持ちがするよ。
さてそこで、君に来てもらったのは、
後半に書いていたことなんだ。
性行為で感染した人に対して
許せないという気持ちをもつ心理は理解できる。
でもね。もう一度よく考えて欲しいんだ。
どんな病気であっても、
どんな感染の仕方をしたとしても
それが理由で差別されていいんだろうかってね。」
花子さんは何も言えませんでした。
先生のおっしゃることが正しいことはわかるのですが、
心のどこかにあるひっかかりがとれないのです。
しばらくの沈黙のあと、先生が口を開かれました。
「君は、感染者の人に何か手を貸したいと書いていたね。
どうだい、今度の日曜日に先生の知り合いの方に
一緒に会いに行ってみないか。
この方は空野さんとおっしゃるんだが、
血友病の治療で感染し、なおかつそれを公表して
いろんな活動をしておられるんだ。
自分の口からいろいろ尋ねてみると
いいんじゃないかと思うんだがね。」
先生の申し出は、花子さんを
とてもびっくりさせるものでした。
そこまでの心の準備ができていなかったからです。
こわいという気持ちも正直なところありました。
花子さんは迷いました。先生の目は真剣でした。
そして愛情に溢れていました。
決心がつきかねた花子さんは、先生に
「一晩考えさせてください。」と返事しました。
「いいだろう。じっくり前向きに考えてみてごらん。」
と先生は言いました。

その日の学校からの帰り道でのことです。
見慣れない犬が二匹道のそばにしゃがんでいました。
見るとそのうちの一匹は何かの病気らしく、
ところどころ皮がむけて赤い肌がむき出しになっています。
それをもう一匹の犬がなめてやっていました。
感動的な光景でした。
花子さんは、はっとしました。
同時に先生の言葉が脳裏に強くよみがえってきました。
「どんな病気であっても、どんな感染の仕方をしたとしても
それが理由で差別されていいんだろうかってね。」


次の日の朝、花子さんはすぐに先生のところに行きました。
そして言いました。
「先生お願いします。空野さんのところへ
ぜひ連れて行ってください。」
先生はやさしくうなずきました。

日曜日がきました。先生と待ち合わせた場所に行き、
一緒にバスに乗って空野さんの住む町まで行きました。
尋ね先はあるアパートの一室でした。
ベルを押すとドアが開きました。
やせた目のきれいな男性の方が出迎えてくれました。
少し足が不自由なようでした。その方が空野さんでした。
「お待ちしていました。どうぞお上がり下さい。」
「こんにちは。久しぶりですね。様子はいかがですか。
電話でお話しした生徒を連れてきましたよ。」
自分のことを紹介された花子さんは緊張しましたが、
空野さんはすごくやさしそうだったので
すぐに落ち着くことができました。
しばらくの雑談のあと、先生が切り出されました。
「さあ、花子さん。何か聞きたいことがあったら、
遠慮なく尋ねてごらん。」
先生にうながされて花子さんは口を開きました。
「エイズに自分がかかっていると知った時は
どんなお気持ちでしたか。」
「それはもう、言葉に言い尽くせないぐらい
すごいショックでしたよ。
自分のからだすべてがエイズウイルスに
置きかわってしまって、
自分がまるで異星人になってしまったような
感覚をもちました。
自分がいやでいやでたまりませんでした。」
「今はどうですか。」
「今は、それも自分の一部であって、
私は私として生きていくのだと思っています。
最終的にはエイズで死ぬんだろうとは思いますが。
自分の人生がそのために変わってしまったとは
あまり考えません。私は私なのです。」


花子さんは空野さんの強さに胸を打たれました。
そしてさらに質問を続けました。
「他の感染者の方の様子はどうですか。」
「既にエイズを発症している中学三年生の子どもがいます。
この子は学校に一週間に二回行ければ良い方です。
来年高校進学だがどうすれば良いだろうか、
と私たち仲間は話し合っているところです。
本人は全日制に進学を希望しています。
両親は、定時制に入れて、昼は病院、夜は学校という生活を
送らせたらどうかと考えています。
発症すれば五年間生きられれば良いという病気です。
私たちはその子に今やりたいことをやらせたいのです。
その子のやりたいことは、特別なことではなく、
クラスの他の子と一緒に進学したいということらしいのです。
あの年頃の子どもというのはそういうものかもしれませんね。
あの子は自分が死ぬということを
果たして認識しているのでしょうか。
自分のことを学校や同級生が知ったら
学校に行けなくなるとは思っているようです。
でもその子は中学を卒業するときに
カミング・アウト(自分が感染者であると名乗り出ること)を
するつもりだといっているのです。
両親はそんなことをすると
私たちはみんなこの町では生きていけなくなるのよ、
と言って止めているようです。
ライアン・ホワイト君を知っていますか。
アメリカでは彼のような少年たちが社会改善に
大きな貢献をしました。
日本で子どもたちに同じことを要求することは
酷なことでしょう。
またそうしなくても良いようにも思います。
あなたはどう思いますか。」

花子さんは、空野さんの話を聞いて
泣きそうな気持ちになりました。
自分の住んでいるところからそう離れていない場所で、
同じくらいの年の人がエイズで苦しんでいる
という事実を重く受けとめたからです。
学校の授業でライアン・ホワイト君のことは
知っていましたが、
空野さんの質問にとっさに答えるだけの自信は
ありませんでした。
やっとの思いで「私は感染を公表する友達がいたら、
支えてあげたいと思いますけど、
それが良いことかどうかはわかりません。」
とだけ答えました。
先生が「花子さんはまだエイズについて
学び始めたばかりだから、
その質問はちょっと難しいよね。」
と助け船を出してくれました。
そして「感染者がカミング・アウトしても
それを支えていける社会をつくるために、
私たち教師はエイズ教育に
力をそそがなければならないのだと思います。」
と言いました。
空野さんはそれを聞いて嬉しそうにうなずきました。


空野さんに出されたお菓子を食べながら、
うちとけた気持ちになって花子さんはたずねました。
「感染したことで、何か差別を受けましたか。」 
「それはもういろいろありましたよ。
その大部分は無知から来るものです。
私だけじゃなくて、家族にもそれはおよびました。
私の母が、私が血友病だと知っている友達の家に
遊びに行った時、
あなたにお茶を出したらエイズがうつるかもね
と言われたそうです。
そういう偏見は、テレビで薬害問題が報道される今も
根強く残っています。」 
「ずいぶん辛い思いをされたんですね。」
そう答えて、花子さんは勇気を出して
一番聞きたかった質問を口に出しました。
「ご自分が、性行為で感染した人と同じように
扱われることをどう思いますか。」
空野さんは、花子さんの考えを先生から聞いて
知っていたらしく、少し強い口調で答が返ってきました。
「例えば同性愛で感染した人も
私と同じように通院しています。
私たち感染者にとって、感染経路が違うということは
何ら問題になりません。
感染経路が違っても
自分自身が性行為によって感染する病気だという認識は
もっていないといけません。
私たちの仲間には、
奥さんに感染させてしまった人もいます。
その気持ち、その辛さ、あなたにわかりますか。
性行為で感染した人が非難されてもいい
ということだったら、その奥さんはどうなんですか。
やはり許せないとあなたは思いますか。
それに性行為で感染する病気なら、
ほかにもたくさんありますよ。
なぜ、エイズだけが特別視されなければ
ならないんですか。」

花子さんは、胸がつまって何も言えませんでした。
性行為による感染者には、
感染者の夫婦の方もいるんだということに
初めて気づきました。
そしてその方たちの思いを想像していくうちに、
自分の中にあったこだわりが
自然に溶け去っていくのを感じました。
ここに来て良かったとしみじみ思いました。

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