情報教育

「情報教育」の学際性

前任校において,5月10日に実施しました生徒・保護者向け「人権教育講演」(テーマ:インターネットにおける人権侵害の現状と課題),9月24日に実施しました2年生対象「性教育講演」,および10月26日実施されました;「高校教科『情報』シンポジウムin九州」において,「専門教科情報に学んだ3年間」と題し講演を行った音声をそれぞれmp3ファイルにしました。興味のある方は,ダウンロードしてお聴きくださればと思います。→;「ラジオ出演・講演集」

「生物教師の作品集」『いのちのエイズ教育』(収録済)
「生物教師の生物学講座」
(ユニークな言葉づかいによる生物学の解説)

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定期的に訪問下さる方は,このページの右に最近付け加えた「あのひと検索」というリンクに気づかれたでしょうか。何かの際にたまたま存在を知り,試しに自分の名前を検索してみますと,どなたか私の調査をすでに依頼してあったらしく出てきました。この調査がどの程度のものか試すために,私と並んで掲載しています一人の人物についても併せて検索してみました。

果たして,私とこの人物との関係はいかに?


どうやらこのSPYSEEというサイトは,そこまでは見つけきれなかったようですね(笑)。中村萬里(なかむらまさと)という人物,そうです。父親同士が兄弟であり,私の従兄に当たる人なのです。現在,筑紫女学園大学の文学部教授の職にあります。方言学を専門としており,博多弁をまとめた本を出版して好評を博しているようです。コミュニケーションに関する著作物も数多くありますし,専門家の一人として,国際的なシンポジウムに招かれたりすることもよくあるそうです。最近の著書は下記の通りです。なお,氏名・講演内容等の記載および使用許諾の代理についてあらかじめ本人承諾を得ておりますので,その旨記しておきます。

中村萬里 『使える!マナーの鉄則100』 双文社出版,2007
中村萬里編『即訳!ふくおか方言集』西日本新聞社,2005
中村萬里 『人とうまく話せますか』双文社出版,2004
中村萬里,永淵道彦編『音声言語とコミュニケーション』双文社出版,2001

過去2回,代表を務めます「福岡情報教育授業研究会」の研究発表会で講演を依頼し,快く引き受けていただきました。その際,典型的な文系学部で教鞭をとる中村教授が,学生に対してマルチメディア作品の提出を課している事実を知り,大変驚きました。作品集CD-ROMもいただき,内容を拝見したのですが,どれも力作揃いでした。情報教育の上で,文系と理系の垣根がここまで低くなっているのかと感じ入った瞬間でもありました。

そもそも,私が講演を依頼した理由は,足かけ6年教科「情報」の授業に携わってきて,生徒のコミュニケーション能力を育成する取り組みの必要性を痛感したことです。献本としていただいていた『人とうまく話せますか』に目を通してみて,理系教科主導で行われている高校現場の教科「情報」に欠けている視点がずばり述べられていると思ったのです。そこで,自分はもちろんですが,研究会の仲間にも話をぜひ聞いてほしいと思い,講師として招いたという次第です。

余談になりますが,最初の講演依頼の際,私に対し,地元放送局の「お母さんにバンザイ!」というラジオ番組に出演することという交換条件を出されました。正直なところ,とまどいや不安はあったのですが,無報酬で講演を頼んだ経緯もあり,引き受けることにした。

収録2日前にアナウンサー(林田スマさん)の方から連絡を受け,当日約束の時間にスタジオに出向きました。あらかじめ,アウトラインプロセッサを用いて,語る内容を整理しておいたので,細かい打ち合わせができると大変喜んでいただけました。おかげで,15分間のアナウンサーの方との対談を,阿吽の呼吸で,スムーズにこなすことができたようにも思います。やってみてわかったのですが,身振り手振りや,板書等をフル動員できる授業と違い,純粋に音声のみで,メッセージを伝えるラジオというメディアは,自己の持つリテラシーの真贋を厳しく問われる場なのです。瞬時に数万人の聴取者が,自分の語りを受け取るという意味でも,まさに真剣勝負です。

林田さんの磨き上げた技術を垣間見る瞬間もありました。番組の中程で,母親に捧げる一曲を流すのだが,曲紹介の短い語り口が,それまで私と対談していた時のそれとは明らかに異なるのです。さすがにプロだと思いました。当日の収録内容につきましては,スポンサーからいただきましたテープの内容を;「ラジオ出演・講演集」に置いておりますので,興味を持たれた方はどうぞお聴きください。私が言わんとするところをご理解いただけると思います。

いつものごとく,脱線してしまいました。話を本題に戻しましょう。以下,「福岡情報教育授業研究会第4回研究発表会」(平成18年3月12 日)の中村教授の講演内容を私が,自分で記録しまとめたものを引用いたします(文責は私にあります)。その後,講演に対して感じたこと,新たな情報教育の展望等について書きたいと思います。

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コミュニケーションについて,日本語をやってきた。
大学卒業後ずっと日本語について研究している。

コミュニケーションには,バーバルとノンバーバルがある。
人は見かけによらずというのは,ノンバーバルの例である。

今日は,バーバルな面から日本語について考え,
コミュニケーションとはいったい何だろう
ということをもう一度考えてもらおうと思っている。

刊行した2冊
「音声言語とコミュニケーション」双分社出版
「人とうまく話せますか」双文社出版
 ネゴシエーションとディスカッション
の内容を抜粋して資料を作った。

著書その1「音声言語とコミュニケーション」より

これからの音声言語コミュニケーション教育

学生・生徒とコミュニケーション(情報教育)

日本の人の言語行動を前提とした人とのやりとり
から特徴として次の4つが挙げられる。

1 省略表現を好む 「福は内,鬼は外」「愛すればこそ」など

2 象徴表現    「わび」「さび」「しおり」「いき」など
(英語に訳せない)
           
3 閉鎖(韜晦)表現「沈黙は金,雄弁は銀」「もの言えば唇寒し」など
(おしゃべりは嫌がられる)

4 敬語(晴と褻)表現 「昨日」(サクジツ:キノウ)
            「今度」(コノタビ:コンド)
            「デス・マス調:ダ・デアル調」など

学校教育とは?
 国立国語研究所 甲斐先生による

教育課程審議会
1期から6期
         領域の立て方
1期 昭和22年 聞くこと・話すこと
2期 昭和26年    〃
3期 昭和33年    〃
4期 昭和43年    〃
5期 昭和52年 「理解」「表現」
6期 平成10年 話すこと・聞くこと

4期まで 聞くこと・話すことであったのが,
6期に  話すこと・聞くことと逆になった。

資料から判定すると,
聞くこと・話すこと→話すこと・聞くことへと,
すなわち,情報発信の方向に変わってきている。

新しい時代の教育は,
 モノローグ的(先生が話すことをひたすら聞く)
 (独話的)
から
ダイアローグ(対話)的コミュニケーション
へと変化を遂げる必要がある。

コミュニケーション教育は,
今や,話すことが主になってきたのではないか。

コミュニケーションという言葉が世の中で使われている。
コミュニケーションとは,何なのか,改めて考えてみた。

調べれば調べるほど,具体的に何を
コミュニケーションと言うのかよくわからない。

自分は,方言を研究している。
なぜ,方言を研究しているのかという理由の一つに
方言もコミュニケーションであるからというものがある。

著書2「人とうまく話せますか」
   ネゴシエーションとディスカッション より

金子みすゞさんの詩「こだまでせうか」

「遊ぼう」つていふと
「遊ぼう」つていふ。
「馬鹿」つていふと
「馬鹿」つていふ。
「もう逓ばない」っていふと
「遊ばない」つていふ。
さうして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」つていふと
「ごめんね」つていふ。
こだまでせうか、
いいえ、誰でも。

自分の経験でも,
昔は,「痛い」と言うと,
祖母などが「痛いね,痛いね」と言ってくれた。

今は,「痛い」と言うと
親や教師が,「痛くない」とか「がんばれ」とか
言っていないか。

コミュニケーションは,
こだまし合うことと自分自身では考えている。

コミュニケーションがうまくいっていない人は,
こだましあったらどうだろうか。

この本の読者から寄せられた書評で
賛否両論がもっとも多かったのは,次の20行である。

============================

 一般的に、「あの人は、心を開いてくれない。だからコミュニケーションができない」とか「心がない人は、コミュニケーションができない」とか、コミュニケーションは心との関係で考えられています。そもそも、コミュニケーションは心と関係があるのでしょうか。心は目に見えません。心は触ることもできません。よくわからない心をもってコミュニケーションを考えることは非常に難しいと言えます。よく、心が先か、言葉が先かが言われます。ふつうは、心が先だと考えられています。心の中に何かが起こり、だんだん表現したいと思い始めます。そして、それを言葉にすることで詩や小説が生まれる。確かに、そう考えるのが自然です。しかし、私たちは、生まれて言葉を使い始めてから人との係わり合いが生じてきます。また、私たちの記憶は言葉を使い始めてからあるように思います。言葉を使うことができない時期の記憶をたどることは非常に困難です。心は言葉を使うことから形づくられていくのではないでしょうか。例えば、「いじめ」においでも、心がいじめるのではなく、言葉がいじめるのです。つまり、人と人との係わり合いの中で、私と他の人をつなぐのは言葉ではないでしょうか。
 言葉と言葉のやりとりの中で私と他の人の心を理解し、そうした言葉と言葉のやり取りの中にコミュニケーションが存在すると言えます。

============================

心理学科出身の人は,コミュニケーションを心と結びつける。
心の問題をいつもコミュニケーションと結び付けていないか。

自分は,純然たる国語国文学科を出て研究を行ってきた。
自分にとってはテーマは常に言葉である。

心はどこにあるのか?
心は目に見えない。
尋ねると,みなさんは,胸のあたりをさされると思う。
本当に心がそこにあるのか?私には分からない。

横にいる人の心は自分には読めない。
バーバルおよびノンバーバルなメッセージでこそ,
たとえば相手が自分を好きだと感じてくれていることがわかる。

学生時代の源氏物語の勉強等でも,心が先と言われてきた。
しかし,人とのやり取りは,言葉であり,態度ではないか。

楽しいから笑うのではなく,笑うから楽しいのだ
極端に言うと,
愛しているから愛しているのではない,
愛していると言うから愛しているのだ。

だまっていても相手のことはわからない。
言葉と態度でわかる。

言葉に注意をしながら,日々生きている。
方言を研究している。
言葉に思いやりを持ってやったら,
よりよいコミュニケーションが出来るのではないか。

コミュニケーションがなぜ難しいか考えてみる。
岡部朗一氏の論文(1987年)によると,コミュニケーションの
定義は126種類あるそうだ。

また,F.ダンス氏は,4000ぐらいの文献を読んで分類した結果,
次の15のタイプに分類できたそうだ。

 1.シンボル,会話、言語
 2.理解-メッセージの送出よりも受容
 3.相互行為、関係-能動的な交換と共同志向
 4.不確実性の減少-適応のために情報の探索へと導く、
   仮説的な基礎的欲求
 5.プロセス-伝達の順序の全休
 6.移送、伝達-空間と時間における意味の移動
 7.連結、結合-接続するもの、結合するものとしての
   コミュニケーション
 8.共同性-共通に分けあい、保有するものの増加
 9.チャンネル、伝送体、回路-通路や「乗り物」
  (記号体系や技術)にとくにかかわりのある「伝送」の拡張
10.記憶、貯蔵-コミュニケーションは情報の蓄積をもたらし、
   われわれはその情報の貯え「によってコミュニケート」
   できること
11.識別反応-選択的な注意や解釈のプロセスの重視
12.刺激-反応もしくは反作用の原因としてのメッセージの重視
13.意図-コミュニケーション行為の目的的性質の強調
14.時間、状況-コミュニケーション行為の文脈への注意
15.パワー-影響の手段として見られたコミュニケーション
                   (McQuai1,1984)

意味と定義が複雑である,それがコミュニケーションだ。
人が1人いれば違うコミュニケーションがある。

現在,企業で求められているものも,
コミュニケーション力であるといわれている。
その能力について再度考えてみたらどうだろうか。

聖書にも,はじめに心ありきではなく,
言葉ありきと書いてある。

自分は,まず言葉ではないかと考えている。

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講演を聴いて2年半になりますが,以後,私の脳裏から一度も離れたことがない魔力のような力を秘めた文言があります。それは,

楽しいから笑うのではなく,笑うから楽しいのだ
極端に言うと,
愛しているから愛しているのではない,
愛していると言うから愛しているのだ。

という箇所です。

「笑うから楽しい!」「愛していると言うから愛している!」

日常的な感覚とは正反対なのですが,これこそが真実であるという気が日増しに強まってきます。普段の私たちがむしろアベコベの世界に生きているのではないかと!

また,コミュニケーションの専門的な定義を改めて学ぶ機会を得,そのとらえ方の難しさを知ると同時に,教育の土台を奈辺におくべきか,深く考えさせられもしました。以前から考えてはいたのですが,情報教育の実践に際し,文系の学問体系に学ぶ必要性をより強く抱くきっかけともなりました。

平成12年度から14年度にかけて全国で実施された新教科「情報」現職教員等講習会の対象は,数学・理科・家庭・工業・商業・農業・水産・看護の8教科でした。当初,普通教科「情報」に主に関わってきたのは,数学・理科・家庭の3教科の教員でしたが,近年,基礎教科が商業の教員が普通高校に異動し,「情報」専任になるケースも増えてきています。世間的には教科「情報」を基礎教科との兼務で行っている現状に対し,否定的な見方が多いようです。本来は情報学を体系的に学んだ「情報」の専門家が教えるべきという考え方が背後にあります。採用試験導入の遅れもよく指摘されるところです。

しかしながら,「情報」の学際性という観点でとらえた場合,兼務は決してマイナス面だけではないのではないかと私は考えています。確かに基礎教科との兼務は,担当教師にとって負担増であることは間違いありません。しかしながら,教材研究や評価等で苦労しながら,「情報」を担当することで,得られるものもまた大きいのではないでしょうか。私は,期せずして,専門教科「情報」の世界にどっぷりつかったわけですが,その体験がどれだけ多くの人との交流をもたらし,自分自身を成長させてくれたか,言葉には書き尽くせないぐらいです。

「福岡情報教育授業研究会」の仲間には,「国語」や「英語」の基礎教科をもち,公開講座等で「情報」の免許を取得した方がいます。学校の事情もあり,今のところ,「情報」の授業は担当されてはいないようです。時が至って,将来なされるだろう授業に対し,教科「情報」に新たな地平線をもたらすだろうと,大きな期待を抱いています。その際は,ぜひシラバスをいただいたり,実践の成果を伺ったりしたいものだと思います。

一方で,私が事務局長を務めております「福岡県教科等研究会情報科研究部会」の役員に,本年度から,基礎教科が保健体育の方が加わってくださいました。以前から噂は聞いていたのですが,実際,お会いして,意欲的に教科「情報」に携わっておられる様子がよくわかりました。一度,授業を拝見してみたいものだと願っています。

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ノートこそ最高の「情報手段」

前任校において,5月10日に実施しました生徒・保護者向け「人権教育講演」(テーマ:インターネットにおける人権侵害の現状と課題),9月24日に実施しました2年生対象「性教育講演」,および10月26日実施されました;「高校教科『情報』シンポジウムin九州」において,「専門教科情報に学んだ3年間」と題し講演を行った音声をそれぞれmp3ファイルにしました。興味のある方は,ダウンロードしてお聴きくださればと思います。→;「ラジオ出演・講演集」

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『情報教育は,けっしてコンピュータ教育ではない。コンピュータ嫌いを作ってしまったのでは教科「情報」の意義は果たせない』この言葉は,平成12年3月に九州大学教養部にて実施された新教科「情報」指導者研究協議会において,当時文部省の調査官の方々が繰り返しおっしゃった言葉です。しっかりノートにも記録しています。情報教育の定義をきちんとした形で認識したのもこの時が最初でした。学会等の名称にも用いられているように,情報処理教育,教育工学,メディア教育など似たような名称をもつ教育の分野がたくさんある中で,「情報活用の実践力」「情報の科学的理解」および「情報社会に参画する態度」という,いわゆる情報活用能力の3つの観点に基づく教育こそが,正しく情報教育であるということです。

私が教科「情報」の授業を担当し,意識して情報教育を行うようになって6年になります。この間,情報教育をコンピュータ教育に落とし込まないという戒めだけは常に持ち続けてきました。また,3つの観点についても手垢がつくまで学習指導要領解説の本をめくり,この上なく真剣に向かい合ってきたつもりです。

「情報活用の実践力」とは,情報教育調査研究協力者会議がまとめた文言では,「課題や目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて,必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造し,受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力」となっています。コンピュータは有力な情報手段の1つであり,その活用が上記の能力に含まれていることは言うまでもありませんが,課題や目的によっては,必ずしもコンピュータを必要とせずに情報を活用する能力もまた必要だということです。

学校で生徒が学ぶ教科・科目の授業を,課題や目的として設定した場合,主たる情報手段は「ノート」ではないでしょうか。授業における主な情報は,①教科書の記述②板書③教師の説明④生徒の発言等です。これらの情報を取捨選択し,自分の「ノート」にまとめ,不足の箇所は調べ学習をしたり,教師や友人に質問したりして解決する作業は,上記の文言に書かれた,「必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造」する過程そのものであるといってよいでしょう。

私は,前述の通り平成12年の3月に文部省主催新教科「情報」指導者研究協議会(九州大学)に参加しました。これは,平成15年度から始まった教科「情報」の免許取得者養成のために3カ年にわたって実施された現職教員等講習会の講師の研究協議会でした。また,同年5月末から6月はじめにかけて,文部省主催第1回教育情報化推進指導者養成中央研修講座(茨城県つくば市国立教育会館学校教育研修所)に参加しました。全国の中学校・高校の数学・理科の教師50名の集まりでした。

新教科「情報」指導者研究協議会は,5日間のほとんど全日程が,大講義室における座学の講義でした。会場を取り巻くものものしい雰囲気の中,講師としての職務を全うするために,入れ替わり立ち替わり行われる講義内容の,現れては消えていくプレゼンテーション画面を,必死でノートに書き写す作業に没頭しました。全講義通して書いたノートは,70ページにも及んだのです。初日に受け取った「学習指導要領解説 情報編」(案)のコピーの束も幾度も繰るうちに,次第にボロボロになっていきました。それに比例するかのように,私の頭の中には,教科「情報」の成り立ちからその目的まで,徐々にインプットされ始めていたのです。

一方の第1回教育情報化推進指導者養成講座中央研修は,実習のみならず,講義の時間も含めて2週間のほとんど全日程が,デスクトップ型のコンピュータが置かれた机に座った形式での受講でした。講義の際は授業支援ソフトが用いられ,講師の画面を受講者が見たり,受講者の画面を講師側で確認したりされていたように記憶しています。北海道から順に,受講者番号順に席割りがなされており,九州から参加した私は,受講者番号が40番台であったので,部屋の最後方の座席になりました。縦に長い部屋でしたので,講師の姿や説明のために書かれるホワイトボードの字が見づらく,記録をとるのにずいぶん苦労したことをおぼえています。それに加え,講義中も目の前にはコンピュータ画面が常にちらついて,余計に集中力を保ち続けることが難しい状況でもありました。

最終日,研修記録や制作課題集等をMOやCD-Rに入れ,持ち帰る準備をしていた私は,新教科「情報」指導者研究協議会の時に感じた心地よい達成感が,十分得られないままの自分にもどかしさを感じました。2週間という長期にわたる研修を受けたにもかかわらず,内容が十分に頭の中に入っていない,消化不良のような感覚があったのです。

この年相次いで受講した2つの研修体験から,コンピュータ実習を特に必要とする以外は,まっさらな机の上で講義を受ける方が学習効率の点ではるかに望ましいという信念を抱くようになり,教科「情報」のすべての授業を,教室での座学中心に展開する現在のスタイルを確立しました。

手書きのノートこそが,もっとも効率がよく,役立つ情報手段であると再認識する体験を最近しましたので,そのことにもふれておきたいと思います。私は,一昨年,昨年と2年間にわたり,九州工業大学情報工学部の「情報」専修免許の免許法認定公開講座を受講させていただきました。「情報学」という確固たる学問体系の姿がおぼろげながら見え始めてくるとともに,コンピュータという機械が成立するに至る,いわばメタ-コンピュータ的な理論に接し,ぜひその面白さや意義といったものを生徒に伝えたいという気持ちが強くなりました。

私は,アウトラインプロセッサと呼ばれるソフトウェアを,ある面でもっとも進んだ情報ツールであると感じています。講演や研修会等に参加した際の記録や,毎日の授業の準備,および自分が講演・発表を行う際の骨子づくり等,実にさまざまな目的で日々活用しているところです。アウトラインプロセッサで作成したものは,きちんと章立てができた状態でテキストファイルに出力できるし,htmlファイルとしてそのままウェブを作ることも可能です。特に仲間と情報を共有したい場合,すみやかにメール等で提供できることが最大のメリットとなります。

一昨年度,免許法認定公開講座を受講するに当たって,例によって仲間への情報提供を念頭に置き,講義の記録をアウトラインプロセッサでとりました。しかしながら,いざテストを受験するためや,レポートを書くために見直した際,頭にさっぱり入っていないことがわかったのです。たとえば,「オートマトン」の講義で,非決定オートマトンを決定オートマトンに変換する方法論を習っていたにもかかわらず,まったく理解できていなかったりしました。結果的に,仲間の先生方に勉強会を開いてもらい,習ったものを自分でノートに手書きして,遅まきながらようやく理解できたという内容が多々ありました。

その反省から,昨年度は講義内容の共有という目的はひとまず置いておき,講座ごとに1冊のノートを手書きで作りました。のべ4日間の講義でほぼ1冊分の紙面が埋まります。後から見直しても,その時その時の講義内容を反芻することが出来ますし,自分が苦心して作り上げた数式やアイデアといったものが,乱雑な文字の羅列の中,輝きを放っているのがまたうれしいものです。今回の体験を通して,以前から自分自身が主張して実践してきた内容であるにもかかわらず,より一層,教師の板書と生徒のノートの呼応こそが,物事を学ぶ上でのキーになる営みであると確信するに至りました。

基礎教科である理科(生物)の授業において,十数年にわたり実施してきたノート作りの指導を「情報」においても踏襲しています。それは,次のような方法です。

①年度当初,第1回の授業でオリエンテーションとして先輩のノートの模範例を配付し,ノート作りのノウハウを指導する。
②ノートを横置きに使わせ,それぞれのページを上下2段に区切り,上段には板書をそのまま写させる。下段には口頭で説明した内容を書き取ったり,自分で勉強した内容を記入したりさせる。授業中に感じた疑問点を書くことも大いに推奨している。
③ノート検査の際の評価規準(A,B,CのうちB評価)として,「板書内容をきちんと写しておくこと」という項目を明確に示す。下段のスペースを工夫して有効に使えた場合,さらに上の評価(A)を与えることも併せて確認する。

このノート作りの方法は,初任者の教科指導員として,いろいろな授業を見学し,板書記録をとる際に独自に編み出したものです。板書内容をそのまま保存でき,研究の素材にできるというメリットがあったためです。この形で作るノートは,生徒の立場からは,授業に能動的に取り組むことができ,考査準備の際に授業内容が思い出しやすかったり,勉強しやすかったりするというプラス面があるようです。8月の終わりに,駿台予備校の夏季研修会で,2つの講座を受講しましたが,その際も,普段生徒さんに指導しているのと同様に,上段に板書を写し,下段に講師の説明を書き取るという方法で記録しました。講義スタイルの授業を聴く際,手前味噌ながらやはりこの方法がもっとも効率がよいように改めて感じた次第です。

「生物」のノートも太宰府高校の生徒さんが作ったものに,目を見張るすぐれた例がありますし,現在担当している修猷館の生徒さんも実に立派なノート作りをしてくれていますが,今回は,普通教科「情報」・専門教科「情報」のそれぞれの生徒さんのノート例を掲載させていただきます。

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多くの出会いに満ちた週末2日間でした

前任校において,5月10日に実施しました生徒・保護者向け「人権教育講演」(テーマ:インターネットにおける人権侵害の現状と課題),9月24日に実施しました2年生対象「性教育講演」,および本日10月26日実施されました;「高校教科『情報』シンポジウムin九州」において,「専門教科情報に学んだ3年間」と題して講演を行った音声をそれぞれmp3ファイルにしました。興味のある方は,ダウンロードしてお聴きくださればと思います。→;「ラジオ出演・講演集」

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現在,ベスト10入りを果たしているブログランキングです。引き続き応援よろしくお願いいたします。「1位」「1位」 「1位」「1位」「2位」
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25日(土)は,午前出前講義,午後修猷フェスト(中学生体験入学)が行われました。出前講義の全体会として,修猷館平成4年卒で私の後輩にあたる登山家の栗秋正寿氏が,「あなたはどんな“人生の山”に挑戦しますか?」という演題で講演を行ってくれました。北米最高峰のマッキンリーに史上最年少で冬季単独に成功,フォレイカーには冬季単独に世界で初めて成功という実績の持ち主だそうですね。美しいスライドと,彼の淡々とした語り口に,聴いている生徒さんも,そして私たち教師も,みなが魅了された90分間だったように思います。

修猷館に学ぶ者は,私たちの時代からもちろんそうだったのですが,一人ひとり何か夢中になるものを見つけ,それを我が猷(みち)として,卒業後の人生を歩んでいく強さ,たくましさをもっています。私自身が高校時代夢中になったのは,「水泳」と「日本文学」,そして「生物学」でした。振り返ってみると,その時見つけたものが,卒業から30年が経過しようとする今も,私のベースになっていることがわかります。

先日我が猷(みち)と書きました「授業道」に最初に目覚めたのも,振り返ってみると,やはり母校修猷で行った教育実習だったと思います。幼少のみぎりから二十年近く温め続けていたガンの研究者への思いを,母校の教壇は,たったの2週間で見事に奪い取ってしまったのです。それほどに自分が愛してやまない「生物学」を十代の若者に教えるということは私にとって魅力的だったのです。

修猷フェストでは,「生物研究部」のネズミの迷路実験とブロッコリーを用いたDNA抽出実験,いずれも大盛況でした。部活動見学の時間は,それほど多くはなかったのですが,ほぼ絶えることなく中学生と保護者の方が訪問してくださいました。「物理研究部」「化学研究部」と合わせてSSC(修猷館サイエンスクラブ)と総称するのですが,おそらく我が「生物研究部」の集客率は群を抜く高さだったのではないでしょうか。先生方も,館長をはじめとして多数訪れてくれました。ありがたいことです。やはりネズミの迷路実験は,話には聞いたことがあっても実際に見たことがある人は案外少なく,みなさん興味をひかれた様子でした。約1ヶ月がかりで準備に当たってきた甲斐があったというものです。2名の部員さんもきっと満足してくれたことでしょう。

一つ誤算だったのは,訓練した2匹の雌ネズミの対照実験(コントロール)として,まったく一度も迷路を体験したことがない雌ネズミを用意し,最初に迷路を通らせてゴールになかなかたどりつけない様子を見せてから,さて,訓練したネズミは…というストーリーを考えていたのですが,対照実験のネズミが殊の外賢く,3回目ぐらいからほとんどミスをしないようになり,あまりゴールまでのタイム差がつかなくなったということがありました。今回の場合,当日を初めての体験とするために賢さを確かめるすべもなく,致し方なくはあったのですが,春の大文化祭に向け,それぞれのネズミの迷路適応能力をきちんと数値化して,訓練ネズミと対照実験用ネズミを分ける必要があると感じました。

悲しい出来事が一つありました。私は,食べること以外では生き物の命を奪わない生き方をしているつもりですが,生物教師をしていますと,実験用の生物の飼育等をする必要があり,期せずして死なせてしまうということがどうしても起こります。4月からの約半年間で,採集したプラナリアや卵からふ化させたアルテミア(ブラインシュリンプ,シーモンキー)の死に接してきました。そのたびに何とも言えず悲しく辛い気持ちに襲われます。

約1ヶ月前,いただいたうちの1匹のネズミが右腕のあたりを腫らしているのを,元の飼い主である生徒さんが発見しました。傷口から細菌が侵入して炎症を起こしたか,はずみで骨折したかしただろうかと心配し,何とか治ってくれればという思いで,その後も観察を続けましたが,腫れは一向にひく気配がなく,むしろ日増しに大きくなっていきました。次第に私の心の中に,悪性腫瘍かも?という危惧が芽生えてきました。

そのネズミは,対照実験として選んだ分と同じゲージに入っていましたので,迷路実験の際に,一緒に連れてきていました。元飼い主の生徒さんも久しぶりに「生物研究部」を訪れて迷路実験を眺めていったのですが,その際には,腫れた右手をものともせず,元気にゲージの網をよじ登ったり,乗って走るとくるくる回るおもちゃで遊んだりしていました。

迷路実験を部員さんに任せ,ジョーシン九州に持参する資料の用意をしていた私のところに,一人が血相変えてやってきて,「先生,右手が腫れたネズミの様子がおかしいので見に来て下さい」と言いますから,すぐにかけつけました。さっきまであれほど元気に走り回る様子を見せていたネズミが床に横たわり,息も絶え絶えでした。どうしてやりようもなく,私に出来ることはただ見守るだけといった状況でしたが,最期に足を一度ピクッと動かしてこときれました。腫れた手の部分が頭よりも大きくなっている壮絶な最期の姿でした。元飼い主に最期に会えて思い残すことなく死を迎えられただろうかとは考えましたが,こみ上げてくる悲しみで,目に涙がにじんで来ました。私に出来るせめてものなぐさめとして,丁重にお墓を作り;「般若心経」を唱えさせてもらいました。

修猷フェスト終了後,後片付けにもあまり携われず,次に私を待つ北九州の地への旅立ちました。いったん小倉駅近くのホテルにチェックインした後,実行委員会副委員長の山之上先生,実行委員の一人でパネルディスカッションのコーディネーターでもある渡辺先生と落ち合い,食事を共にしながらシンポジウムの件を話しました。今回の講演を私はPowerpointのスライドを用いず,語りだけでやりたいと思っているが,と申し出ましたところ,快く賛成して下さいましたのでいよいよ心は定まりました。

いやそれではバランスが悪いから,やはりPowerpointを用意した方が,とのアドバイスをいただくようでしたら,その晩のうちに作ろうという心づもりもあったのです。ノートパソコンはホテルに持ち込んでいましたし,ディジタルデータもありますがら,スライドを20枚程度用意することはそれほど難しい作業ではなかったからです。昨年,鳥取で実施されました全国専門学科情報科研究協議会の発表スライドも前の晩,ホテルで作り上げたことを思い出します。いつもながら自転車操業状態ばかりやっている私です(笑)。

明けて26日(日),修猷館の先輩でもある実行委員長雨宮先生の「情報教育とは」と題する講演から「高校教科『情報』シンポジウム九州(ジョーシン九州)」がスタートしました。何度か一緒に飲んだりもしていますが,雨宮先生の情報教育への熱い思いには,いつもながら圧倒される気持ちにさせられます。大学の現場で長らく培ってきた「情報学」を高校現場における教科「情報」に取り入れ根づかせたいという趣旨で話されたました。スライドに表示される刺激的な言葉の数々が大変印象的でした。

午後の2つめは,「ユビキタス時代へのICT 教育と高大連携事業」と題する佐賀大学の中村先生のお話でした。実行委員会で,3月まで工業高校に勤めていた先生であり,極めて精力的に高大連携の取り組んでいる方だとお伺いしていましたが,IpV6を使った実践内容は本当に素晴らしいものがあると感じました。先生が勤務しておられた有田工業高校の生徒さんが佐賀大学の学生さんと一緒に有田陶器市等の地域の行事に参加し,生き生きとした表情で活動している様子が十分伝わってきました。

3つめは,「情報関連授業を支援する高大連携による遠隔TAの取組みについて」と題する山口大学の鷹岡先生のお話でした。ちゃぶ台に例えられように,インターネットの掲示板を利用して大学生・高校生・大学教員・高校教員が一体となってコミュニケーション活動を行っておられる取組につきましても,実行委員会の中で紹介があっていたのですが,実際に発表をお伺いし,特に素晴らしいと感じましたのは遠隔支援パターンをオートマトンの状態遷移図を用いて分析し,それをWebツール開発に生かしてあるという点です。

一昨年,九州工業大学情報工学部さんの情報専修免許公開講座の中で,オートマトンの講義を受け,ずいぶん苦労して勉強した記憶があります。非決定性有限オートマトンから決定性有限オートマトンへの変換も当時のノートを見直せば何とかまだやれそうです。オートマトンが教育活動の中に有意義に生かされている実例を知る機会を得て,また「情報学」への勉強の意欲も湧いてきたように感じます。

昼食をはさみ,午後はいよいよ私の講演の番が巡って来ました。冒頭,あえてPowerpoint等のスライドを使わずにさせていただく理由と,だからといって,スライドを使ったプレゼンテーションを軽視している訳では決してなく,前日に聴いた栗秋氏の講演などは,美しいアラスカの大自然の光景があってこそ余計に感動を生むのだからという話をさせていただきました。その後は,当初の予定通り,普通高校出身で勤務経験も普通科しかもたなかった私が数奇な運命をたどり,情報を基調とした学校作り,福岡県初の情報専門学科作りに携わるに至る経緯から始め,「高大連携」「マルチメディア教育」そして「情報モラル教育」を3つの柱とした話をさせていただきました。

講演内容を音声で公開するために,MDで録音したデータをコンピュータに取り込み,WAVファイル変換→mp3ファイル変換といった一連の作業をする際に,自分の講演内容を通して聴きましたが,やはりまだまだ技術的に未熟な面が多々あるように感じました。今回は情報量が多かったこともあり,少々早口になっている部分はある程度仕方なくはあるのですが,もっとこう表現すればよかった,この話も入れるべきだったと思う箇所もやはりあります。過去幾多の講演をこなしてきて,そのたびに録音した内容を自分で幾度も聴き直しては自分自身で添削して,また次に備えて…その繰り返しで今日までやってきました。ある面,自分に対して厳しく,より高度な「語り」の技術を身につけるべく努力はしてきたつもりです。耳を汚すことかと思いますが,上記サイトにデータを置いておりますので,興味をひかれる方は聴いて下さいますとありがたく思います。

なお,講演の中で25ページの内容という言い方で引用した箇所があります。ITシステム科の学科作りに当たり,私が入学してくる生徒さん向けに書いた文章です。以下に載せさせていただきますので,講演を聴かれる際,併せてご覧いただければと思います。

----------------------------
 「情報」は,高度情報通信社会における“生き方”を学ぶ教科です。コンピュータを中心とする技術面の向上にのみ心を奪われることなく,自分自身の“生き方”をしっかりと見据えて学習に臨みましょう。
 何よりもまず,情報を取り扱う上でのモラルとネットワーク上のエチケットであるネチケットを身につけてください。原子力が戦争で用いられて多くの人の命を奪う結果になったように,科学技術は使い方を間違うと大変な災厄をもたらします。みなさんは,ITのスペシャリストとして誰よりも心正しき人になってください。
 “生き方”を学ぶためには,コンピュータに接してばかりいてはいけません。教室で黒板の内容や先生の話をしっかりノートに書き取り,自分の頭で考えながら授業を受けましょう。皆さんの頭脳に記憶されるのは,ノートの形です。自分の手で書いたノートは世界に1冊しかない最高の参考書なのです。「情報産業と社会」そして「情報と表現」の勉強を基本に忠実にきちんと行い,基礎力を固めてください。この一年で身につけた知識こそがみなさんの生涯の土台となります。
 「情報実習」を中心とする技術面の学習では,当面ワープロ検定3級に全員合格することを目標に,タイピングのマスターを心がけましょう。コンピュータを使いこなすためには,一つの作業にかかる所要時間を極力短くすることが肝要です。タッチタイプを身につけて,キーボードを自由自在に操れることが,ITスペシャリストへの第一歩といっても過言ではないでしょう。実習の中で取り扱うソフトウェアは,どれもIT産業に必要不可欠なものです。ここでも基本をおろそかにせず,先生の指導を素直に受け取り,1つひとつマスターしていきましょう。課題を与えられたら,まず指示を正確に守り,期日に遅れないように提出しましょう。創意工夫をこらしたり,仲間と協力して作品づくりをしたりできるとさらに高評価がもらえるでしょう。 
----------------------------

午後の2つめは,福岡情報教育授業研究会の仲間でもあり,昨年まで一緒に情報専修免許公開講座を受講した同窓生でもある,山口県岩国高校の山下先生が「研修を活かした授業実践」と題して講演をされました。山下先生の情報教育に対する研究熱心さと情熱,そして生徒に対する思いは,以前からよく存じ上げていますが,お話を伺うために感銘をおぼえます。今回は,ディジタル化が主たるテーマでしたが,修猷館の「情報B」でも一年次の学習単元として「アナログとディジタル」を取り上げておりますんで,大いに参考にさせていただける内容でした。この場を使いまして感謝申し上げます。

プログラムの最後として,「高大連携」をテーマにパネルディスカッションが実施されました。高校現場からのパネリストである藤本先生・江副先生は,現職教員等講習会の講師仲間であり,藤本先生は理科の同期採用,江副先生は,福岡県高等学校教科等研究会情報科研究部会の立ち上げを一緒にやってきた同志でもあります。今回無理を言ってパネリストを引き受けていただき,大変感謝いたしております。

当日終了後,パネルディスカッションのまとめをコーディネータである渡辺先生よりいただくことができましたので,感謝の意を表し,公式記録としてここに掲載させていただきます。

パネル討論「高大連携」

討論者
 藤本直樹(福岡県立宗像高等学校)
 江副秀雄(福岡県教育庁教育振興部高校教育課)
 中村隆敏(佐賀大学)
 下川俊彦(九州産業大学)
コーディネータ
 渡辺健次(佐賀大学)

パネル討論の内容

1 これまで行われた高大連携の実践についてのご紹介

藤本先生
 社会の未来
 携帯で遠隔制御+遠隔講義

江副先生
 学校の情報化
 学校段階間の連携、大学での情報の入試

中村先生
 IPv6遠隔操作
 MEDIA TEENS LIVE、生放送による勉強

下川先生
 高大連携授業、高校の単位、科目等履修生
 IT講習会、高等学校教師を対象

2 現在の高大連携の課題について

藤本先生
 普通科高校の制約、守備範囲
 普通科高校での実施上の条件

江副先生
 情報で教える内容がはっきりしていない
 中学、高校、大学で教える内容の連携がない

中村先生
 現場の温度差、校長・教育委員会との意思疎通
 筋を通して事務手続き、学校ネットワークの問題
 新たな実践テーマを見つける

下川先生
 情報と情報の溝
 リテラシとコンピュータサイエンスの違い、数I

3 理想とする高大連携とはどのようなものか

藤本先生
 「夢」
 情報で何を教えるのかを考えていければ

江副先生
 先生の連携、生徒の連携

中村先生
 オープンな関係、共同研究という新しい関係、
 予算
 大学生が情報教育を真剣に考える

下川先生
 情報モラル、ただし中学校で教えるまで
 コンピュータやネットワークの楽しさ
 情報と情報の溝を埋めたい

土・日と,時間にすればいつもと変わらないたったの2日間なのですが,本当に盛りだくさんの中身でした。体験は時に人を一回りも二回りも大きくするものだと思います。私も,この2日間で少しでも人間的に成長できていたらうれしく思います。かなりの長文になりました。私のブログを訪問し,文章に目を通して下さいまして誠にありがとうございました。今後も応援どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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大仕事が1つ終わりました

ここ数日、ブログを書くことが
全くできないぐらい、
忙しさのさなかにありました。
理由は、今日5日に行われた
九州大学・福岡県情報科研究部会共催行事である
平成17年度情報処理教育研究集会
 特別セッションⅠ
「初等・中等教育における情報教育と
高等教育への接続」
です。

私は、セッションにおける発表者であると同時に、
研究部会の事務局長として
運営面でも中心になる必要があり、
多忙を極めたのです。
大学の先生との窓口役として、
連絡調整をはかると同時に、
県下各地から送られてくる
出欠報告の整理もするといった毎日でした。
もちろん、
本務である授業や学校業務がありますから、
帰宅してからの作業が中心になり、
連日徹夜続きで、
少々睡眠不足気味でもあります(笑)。

長い歴史がある研究集会でも
初めての取り組みらしく、
参加者はどうだろうか?と心配しましたが、
結果的には、100名を大きく越える大盛況で、
ひとまず成功と呼んでいい結果になりました。
これもひとえに、
自分も講演や発表を聴きたいのを我慢して、
時間中ずっと受付等の仕事をしてくださった
スタッフの方の
尽力あってのことと感謝しています。

また、研究集会全体の
運営をされた九州大学の先生や、
特別セッションの座長をしてくださった先生、
および特別講演をしてくださった上に
助言者としても参加下さった先生の努力に対して
衷心より敬意を表したいと思います。

4日の午後と5日の午前・午後フルに参加し、
極力、内容をその場で
ノートパソコンを使って
テキストファイルの形に打ち込みました。

今回の発表で
座学におけるノート指導の重要性を
訴えましたように、
本来私自身も
手書きでノートやシステム手帳に
書く方を好むのですが、
二次利用ができることと
必要な人に瞬時に送れること、
2つの理由から、
見たり聞いたりした内容を、
ディジタル化して保存する意味は
大きいと思っています。

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情報教育に求められるもの

今日から3日間、
インターンシップで生徒は
おのおの職場体験等に出向き、
授業がありません。

私は、午前中から午後にかけて
行政の重要な仕事に就いてある方お二方と
中学校技術・家庭研究会の会長を務めてある
校長先生にご挨拶をしに
出向きました。

三者三様情報教育に求められるものを
語ってくださいました。

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1つ原稿は送りましたが‥

明日締め切りの原稿は
無事完成し、依頼先へ送ることができました。
12月には、全国の高等学校で
教科「情報」の授業を担当される先生方の
目にとまることでしょう。
果たして、専門教科「情報」の取り組み内容として
全国に発信するにふさわしい内容にまで
高められたかどうか、あまり自信はありませんが、
Web上にも置かれるようですので、
近々このブログのリンクコーナーでも
紹介できると思います。
高等学校現場以外の方は、
どうぞそちらでご覧下さればと思います。

一難去って、また一難でして
今度は、11月5日に実施されます
九州大学・福岡県情報科研究部会の共催である
平成17年度 情報処理教育研究集会特別セッション
「初等・中等教育における情報教育と高等教育への接続」の
資料集に載せる論文を執筆しなければなりません。

座学を中心に据えた教科「情報」と銘打ちましたので、
私の「情報」の座学授業を高く支持してくれた
生徒さんのメッセージを多数掲載するべく
倉庫の中から、引っ張り出してこなくてはなりません。
こちらの論文も何とか数日のうちに仕上げて、
提出したいと思っています。

次から次へと仕事に追われるのは
きつくはありますが、
反面ものすごく充実感があります。
つねに前向きに自己の可能性に挑戦する
研ぎ澄まされた頭脳を持ちたいと願っています。

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福岡県高等学校教科等研究会情報科研究部会設立!

本日無事に「福岡県高等学校教科等研究会情報科研究部
会」が設立されました。また、11月5日の九州大学主
催「平成17年度情報処理研究集会特別セッション 初等
・中等教育における情報教育と高等教育への接続」を部
会として共催する議案も可決されました。

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情報教育・情報処理教育・メディア教育

今日は、体育祭の代休でした。
午後から、福岡市内のある大学を
訪問させていただき、
いろいろと教えを請いました。

併せて、来月4,5日に
九州大学で開催される
情報処理教育研究集会の
昨年度名古屋大学の分の論文集を
拝見させていただきながら様子を伺いました。
論文集は、厚さが7,8cmはあろうかという
すごいボリュームで、一目見ただけで
内容的にも極めて充実しているという
印象を受けました。

私も今回発表することになっている
特別セッション関係の論文は、
冊子の一番前に載っていました。
量的にはJADIE(日本情報教育開発協議会)の
全国大会の論文集に寄稿した分と同じく
4ページ書かなくてはいけないことが
わかったというだけでも大きな収穫でした。

ところで、今回九州大学で行われるのは、
「情報処理教育」の大会です。
6月に行われたJADIEは、
先ほども書きましたように
「情報教育」開発協議会です。
ほかにも関連した教育内容として
「メディア教育」というものもあります。

私は、平成15年度に
教科「情報」が始まって以来
何の疑問を抱くこともなく
高校現場で教科「情報」に関わり
仲間と情報交換を行ったり、
自分で教材研究をして、
授業を実施したりしてきたように思います。

その頃は、まったく見知らぬ世界であった
大学での研究内容や高等学校の商業科で
行われてきた教育内容等を
この半年ぐらいで、随分と見聞きし、
だんだん自分の中で
「情報教育」
「情報処理教育」
「メディア教育」
といった「情報」に関わる
種々の教育内容の区別がつかなくなってくるといった
少々大げさですが、一種のカオス状態に
陥りつつあるのを感じます。

例によって、Jammingを使って
調べてみましたが、どれも出てきません。
すなわち、
世界大百科事典、日本大百科全書、広辞苑といった
そうそうたる顔ぶれの事典・辞書が
いずれの教育内容も定義していないということなのです。

それなら、Encartaは?と思って
こちらも調べてみましたが、
関連事項として大学の教育内容等は
出てくるのですが
肝心の定義そのものはやはり載っていません。

実に不思議な感じがします。
私たち、教育現場の人間は
定義すらも曖昧な
「情報教育」「情報処理教育」「メディア教育」
といった教育に携わっていることになるのでしょうか。

「情報教育」に関しては
○情報活用能力
○情報の科学的理解
○情報社会に参画する態度
という例の3つの目標がありますから、
これを達成する教育であると定義できなくもないですが、
それでは、残りの2つの教育に
これらの教育目標は必要ないのか?と考えますと
決してそうではないと思ったりもします。

歴史的な流れからいきますと、
「情報処理教育」は商業教育の流れ
「メディア教育」は視聴覚教育の流れ
ということになるのでしょう。
非常におおざっぱなとらえ方をすると
 「情報教育」
=「情報処理教育」+「メディア教育」
となるのでしょうか?

その他にも
「教育工学」という分野があったりもして
調べれば調べるほど
分類そのものが意味をなさなくなるようにも
感じています。

今、私たち教育に携わる者に求められるのは
小異を捨て、大同して
高度情報通信社会の中で
たくましくかつ正しく生き抜く
児童・生徒を育成することでしょう。
そういった意味で、
11月5日(土)に
九州大学工学部防音教室103を会場に
15:10より行われます
平成17年度情報処理教育研究集会
特別セッション2
「初等中等教育における情報教育と高等教育への接続」は、
大きな意味をもつイベントになりそうですね。

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ITを活用した授業を

来月2日に、研究会の仲間が在籍する
田川市の中学校で研究発表会があります。
平成15・16・17年度
田川市教育委員会情報教育推進授業研究助成事業
の一環だそうです。

研究主題は、

『自ら学ぶ意欲を高め、問題を解決できる生徒の育成』
~ふりかえりを生かした個別指導の工夫~

となっています。

日程としては、「公開授業」と「全体会」の二本立て
です。
研究会の仲間からは、
「公開授業」を2名が、
「全体会」の講演を1名が行います。

講演を行う講師の先生は、公私ともに日常、
大変親しくさせていただいている
大学教官の方です。

『情報モラルと情報セキュリティについて』という
演題だそうですから、
中学校教育を念頭に置いた上で、
どのように話を展開されるか、
今から楽しみにしています。
自分だったら、同じテーマで、
いったいどんな話をするだろうかと
具体的にイメージしながら、
当日を楽しみに待ちたいと考えています。

一方「公開授業」の教科名、単元、内容は
次のようになっています。

教科名 単元・内容
----------------------------
理科    音の性質
      ビデオカメラやコンピュータを用い、
      音の伝わり方を調べた実験の測定データを解析する。
         
美術    鑑賞「西洋を魅了した浮世絵」
           東西の近代美術をスクリーンに写して比較鑑賞し、
      相互の影響関係について学習する。

国語    世界に目を向ける「プロジェクト金川」
      プレゼンテーション発表
          会社組織による事業計画
      (廃品回収とリサイクル活動)
      についてのプレゼンテーションを行なう。

総合的 視野を広げ、生き方を考えよう
な学習   面接マナー習得のため、テレビ会議システムを
       活用した実習を行なう。

音楽      心を込めた表現を工夫し、合唱の喜びを
        味わおう
            「青春の1ページ」の表現を聴き比べ、
        自分たちの課題を発見する。
----------------------------

これを見ただけでも、いわゆる教育の情報化は、
高校よりもむしろ中学校の方が進んでいるように
思います。

私も、前任校でいわゆる学校インターネット事業
「インターネットを用いた先進的教育」の研究活動を
3年間に渡って行い、成果をまとめて文書の形で
報告しました。

この時、インターネットを利用した教育に取り組んだのは、
「英語」「芸術」「情報」の3教科でした。
前任校は、芸術科と普通科の英語コースがありましたので、
「英語」「芸術」に関しては、
学校インターネット事業というよりも
学科・コースの教育内容のまとめといった感じでした。

結果的に、「情報」以外の他教科にITを活用した
授業展開を広げる取り組みは
うまくいかなかったということです。
私も理科の授業の中で、E-learning教材は早くから
導入してはいましたし、
調べ学習にインターネットを一部使ったという
事例はありましたが、
研究成果としてまとめるレベルには至りませんでした。

一方、この中学校の研究内容を見ると、
「総合的な学習」はもとより
「理科」「国語」「美術」「音楽」と
それぞれ、教科本来の教育目標を達成する上で、
実に適切にIT教材を活用してあることに気がつきます。

すべての授業が同時展開で実施されるので、
私が実際に見学できるのは1つしかないのですが、
どれを見ようか迷うぐらいです。
全部を見て回るという手ももちろんありますが、
私はあまり好きではありません。

授業参観は、
やはり「導入」「展開」から「まとめ」まで
すべてを通して観てはじめて、
授業者のねらいとするところや
工夫を凝らした点、そして山場の作り方といった
授業の醍醐味が味わえるからです。

私は、採用4年目に
初めて3年生の担任をしながら
当時試行段階であった初任者研修の
教科指導員を務めました。

若い新規採用の先生と一緒に、
理科教育を学ぶ気持ちで研修に取り組みました。
同じ教科のみならず、
他教科の授業もどんどん参観しに行きました。

生徒から授業がうまいという評判を
耳にしていた先生や
以前から機会あればと目を付けていた先生方に
「初任者のためですから」と理由を付けて
その実、自分自身の勉強のために
ここぞとばかりに参観をお願いしたのです。
中には難色を示される方もおられましたが、
たいていは、快くOKしてくださいました。

授業は、言うまでもなく、
教育の専門職である教師にとって
もっとも基本的な技術です。
同じ専門職として
例えば、外科医の場合と比べてみると
なかなか面白いものがあります。
外科医は、
手術の際にその人の持てる技術が
白日のもとにさらされ、
1回1回の手術の出来が
大きく評価の対象になります。

手塚治虫さんの「ブラックジャック」を読んで
医師を志したという人も多いと聞きます。
漫画の中で、主人公が
無免許医ということで、
医者仲間から中傷されたり、
迫害されたりされながらも、
なお、世界中から高く評価されるのは、
手術の技術あればこそです。

翻って、同じ専門職である私たち教師は、
どうでしょうか?
果たして、職場の中で
授業技術でお互いを評価しあっているでしょうか?

前任校で、管理職から運営委員全員に
現在の学校の問題点と思うことを
端的に書いて提出するようにとの
課題を与えられ、
私は、前任校に限らず、
高等学校の学校現場全体に蔓延する
生徒と教師の価値観のずれを
指摘しました。

生徒は、教師を授業技術で評価します。
一方、教師間では
必ずしも(というより、全然でしょうか?)
そうではなく、
事務能力や、生徒管理能力といった
別の価値観が横たわっているのが現状です。

特に普通科高校において、
生徒は、実習科目も一部あるとはいえ、
基本的に1コマ50分間の授業を6コマ
教室で授業を受けて1日を過ごします。
この6コマのうち、
生徒が教師の高い授業技術を認め、
受講するのが楽しみになるような授業が、
仮に4コマあったらどうでしょう?
生徒は登校すること自体、楽しみにならないでしょうか?
また、もし仮に
そういった授業が2コマしかなかったら
残りの4コマは苦痛に感じるでしょう。
やがて、学校生活そのものが
絶望へと変わっていくかもしれません。

私は、この事実の中にこそ
学校再生の鍵があると思っています。
自分が研修主任を務めたとき、
先生方に授業改善をはかっていただくために
できうる限りの手を打ちました。
わずか2年で次の仕事に移らなくてはならず、
志半ばで授業改善の取り組みを終え、
十分な成果を残せなかったのが心残りです。

私たち教師は、一にも二にも
授業技術を磨くことに
心を向けるべきではないでしょうか。
基本的な技術は、
教科が違えど、通用するはずです。
ITの活用にしても、
教科「情報」の中で生徒が身につけたことは
他教科の授業でも生かせるはずです。

今回の研究発表の公文書を
事務室で受け付けていただいたにもかかわらず
誰も行くはずがないという思いこみで
しまい込まれていました。

高校だから、義務制だからといった
狭い枠にとらわれず
どんなに忙しいさなかであっても、
常に広い視野を持って、研修の場を求め、
授業技術を磨く教師でいたいものです。

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教育界の潮流にふれて

昨日は、ブログを書き終えた後、
急ぎの仕事だけを手早くこなして
残った数校の中学校訪問に出向きました。
最後の1校に着いたのは、
夜の7時をまわっていました。

先生方は、だれもおられないのではという
私の心配とは裏腹に、保護者会があるらしくて
ほとんど全職員が職員室に集まっておられました。

事務室に人気(ひとけ)がなかったので、
いつもするように気楽にノックして、
職員室のとびらを開けた私は、
一斉に視線を浴び、室内に満ちた
異常な熱気に圧倒されてしまいました(笑)。

3年生の先生方も、一同に集まって話をしてあり、
私が顔を出すと、
7月の訪問の際、時間のたつのも忘れて話し込んで、
人間的なつながりができていた進路担当の先生が
みなさんに紹介してくださいました。
縁とは不思議なもので、この先生の奥さんが
どうやら嘉穂東高校時代の教え子らしいのです。

出がけ、管理職の方から、
そんなところまで行く必要があるのか?
と尋ねられたぐらい、ものすごく遠方の中学校です。
通常なら、全く相手にされなくても仕方がないのに、
手厚くもてなしてくださって、感激しました。
いみじくも、先日自分自身が書いた
「惚れて通えば‥」という言葉の深みを
あらためて教えられた気がした私でした。

今日は、福岡県高等学校教育研究会(高教研)
の秋季文化講演会に参加しました。
案内文を見たとき、
演題が「これからの生涯学習の在り方」となってましたので、
情報教育との関連性もあり、
大いに興味はひかれていた研修会でした。

しかしながら、
今日は夕方に例の放送がある日でしたので(笑)、
ダブルブッキングを避ける意味もあって、
参加をお断りしていたのです。
直前になって、再度参加を強く要請されたこともあり
出向いたのでした。

講師の方が、
文部科学省生涯学習政策局に籍を置く方ということで、
先に書いたような演題が予定されていたのだと思うのですが、
実際に行ってみると、演題が「我が国の教育改革」に
変わっていました。
内容として、生涯学習の話ももちろんありましたから、
期待を裏切られらたというわけでは決してありません。

例によって、ノートパソコンをひざの上に置いて
リアルタイムで、講演の内容を打ち込みながら聴きました。
その内容をもとに情報教育に求められるものや、
将来の展望について、少し書いてみたいと思います。

講師の話の中で、特に印象に残り、
我が意を得たりと思った内容を抜粋し、
それにコメントを加えていくというスタイルをとります。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

          講演内容より

現在、生徒数減により
大学・短大・高等専修学校(高専)・専門学校の4つ合計で
約8割の高校生が上級学校に進学している状況である。
したがって、従来のように
「勉強しないと大学に行けないよ」
という指導のやり方では、
子どもたちの意欲をかき立てることは
もはやできなくなってきている。

それに替わる方法として、
子どもたちの興味・関心を引き出す教育を
教師自身の力で作り上げる必要がある。
具体的には、学校に入学してきた子どもたちに
自身が学びたいと思う勉強をさせてやらなければならない。
資格を取るために、ある科目が必要であれば、
子どもたちは自分でその勉強をする。

複数の教師が、一人の子どもを見ることで
多面的に評価し、いい面を見つけ出してやることが必要である。
特に、学級王国になりがちな小学校でそれが求められる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

従来、私が勤めます高等学校の現場では、
大学の合格数を競い合ってきたという歴史があります。
普通科高校では特にその傾向が顕著です。
極端な場合、価値観のすべてが
そこにおかれているのではないかと思うケースもあります。

昨年10月まで11年あまり勤務した
前任校である太宰府高校では、
在職中に不治の病に倒れ、この世を去られた
数代前の校長先生が発案された、
「ギネス太宰府」という取り組みが、今もなお行われています。
生徒の多面的価値を認め、
セルフイメージを高めさせたいという思いが結実したものです。
取り組みを始めてから2年間連続で
TNCテレビの「めんたいワイド」でも紹介されました。

私は、採用以来昨年度まで一貫して、
看護・医療系進学者の指導に当たってきました。
いわゆる3Kと呼ばれるような
厳しく、責任の重い医療現場に
あえて飛び込もうという気概を持った生徒さんを
時にはやさしく、時には厳しく
励まし、導いてきました。
送り出した生徒さんの数は、かれこれ二百名を超えるでしょうか。

面接指導をしてみると、
日頃教室では知り得なかった新たな一面が見えます。
私は、面接指導を単に受験に合格させるためではなく、
真に重要な教育の柱として位置づけていました。
これぞまさに「face to face」の、
心通う情報伝達であったと今あらためて思います。

情報教育は、職業系に分類される産業教育の1つです。
昨年度、全国専門教科「情報」研究協議会に
今年度、全国専門学科情報科研究協議会に
それぞれ参加させていただいて、
国が、本気になって
産業教育の推進に取り組んでいるという事実を知りました。

「好きこそものの上手なれ」と言います。
生徒が自身の適性を見極めて
興味・関心をもつ勉強ができるような環境づくりをすることが
極めて重要なのだと思います。

普通高校においても、
一年次に普通教科「情報」を履修して、
興味・関心をもった生徒が
さらにそれを深めるために、
専門教科「情報」の中から
一部履修できるカリキュラムを
用意している学校も増えてきているようです。
学習指導要領の改訂に向けて、
教科としての「情報」の重要性を
PRしていけたらと考えています。

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           講演内容より

25年前、福岡県のある高校で
生徒が小・中・高と続く学習体系の中で、
いったいどの段階でつまずいているかを調べる
極めて先進的な取り組みがなされた。

その結果、666+666=121212という
過ちを犯しているケースが判明した。
この子の場合、10の繰り上げの段階でもうつまずいている。
小・中・高と「算数」「数学」に関しては
完全にお客さんであったろう。よくぞ耐えた。

このような子どもを導くために、一人ひとりに対する
きめ細やかな指導が求められている。

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私は、理科教師として
自分のバイブルとも思っている一冊の本があります。
それは、
明星学園 理科部著「自然科学の教育」むぎ書房
という本です。

この本に示されている理科教育を
小・中・高一貫して行ったら、
どんなに素晴らしいだろうと常々思っていました。

まず、物質はすべて「粒(つぶ)」からできている
という事実を比較的低学年のうちにしっかり学び取らせること。
原子や分子、およびイオンといった言葉を
あえて教える必要はないのです。

その粒が止まってしまえば、
いわゆる固体の状態なのだということ。
そして、止まらず動いている粒があり、それは
私たちのからだにもあることを教えます。

動いている粒は、その速さを常に変えていること。
その速さの度合いを「温度」ということを教えます。

高校生でも、いえそれどころか私たち大人でも
「熱」と「温度」の違いがわかっていない人が
いかに多いことでしょう。
みなさんも「熱がある」
といった表現をしたことはありませんか?

これは、明らかに間違いですね。
熱は、エネルギーの一つであり、
「温度」が高い物体から「温度」が低い物体に対して
熱エネルギーの形で、エネルギーが動くのですから、
「熱が出る」の方が正しい表現なのです。
つまり、「温度」とは物体の内部的な状態
であり、「熱」とは、物体の外部に存在する
エネルギーであるということです。

「温度」の概念1つを正しく理解するだけで、
以後の理科学習がどれほど進むか
枚挙にいとまがありません。

私は、生物の授業で「酵素」の単元に入るとき、
まず「温度」の概念を説明するところから始めるのです。
そうすると、外部の「熱」によって
酵素タンパク内部の「温度」が上がり、
熱変性が生じるといった理屈や
「温度」が高いと粒が速く動くので
より衝突が起こりやすく、化学反応が進むといった
話がスムーズに理解してもらえます。

講演の中にあった、小・中・高の教育体系の中で
どこがつまずきの原因になっているかを探る取り組みは
私自身もよくしていました。

大学時代、3年間小学生の塾で講師をして
教職課程の授業の関係で、
塾に行けなかった1年間は
替わりに中学生の家庭教師をしていました。
いずれも全科目を教えたのです。
期せずして、理科に関しては小・中・高の
すべての教育内容に関わる
類い希な機会に恵まれたと言うことです。

考査の前などに、
授業内容が理解できない生徒を集めた
勉強会を好んで行っていました。
「わからない」と思っていた内容が
「わかった!」に変わる生徒たちの表情が大好きでした。
普段、つっぱったような態度をとる子ほど
「わかった!」の喜びを全身で表現するのです。
そして、まだ理解できていない仲間を教える側にまわるのです。
そのうち、私はもはやすわって見ているだけなのに
「わかった!」の輪が教室いっぱいに広がっていくのです。
教師冥利に尽きる幸せなひとときでした。

勉強会にからんで、こんなことがありました。
太宰府高校に赴任した年に
教科会議の中で
自分の担任のクラスだけは、
理科Ⅰ全部を一人でもたせて欲しいとお願いしたのです。
私は、教科の授業を通してクラスを引っ張るタイプですので、
授業時間数は多ければ多いほどいいのです。

理科Ⅰの中には、物理・化学・生物・地学の
基礎的な内容がすべて含まれていました。
学校によって、組み合わせは違いますが、
普通科高校においては、
1つのクラスを
「物理・化学」1人、「生物・地学」1人といった形で
分けて持っていたのです。
理科の教師といえども、4科目全部に通じるという人は
なかなかいません。
教えるレベルに到達するのは、せいぜい2科目なのです。
当然、私は「生物・地学」の方の担当だったわけです。
あえて例外を作ってまで
両方を一人で担当しようと思ったのは、
勝算あってのことでした。

塾と家庭教師で全科目を教えた体験についてはすでに書きました。
実はもう一つそれにまつわるユニークな体験を過去していたのです。
少々長くなりますが、そのことを書きたいと思います。

私は、2浪してしまい、当時の共通一次試験を
実施2年目から3年連続で受けたのです。
当時は1年に1回、1校のみしか
国公立大学を受験できない仕組みでしたし、
一次での足切りという制度までありました。
どうしても2校めを受けたければ、
二次募集にかけるしかないといった時代です。
したがって、当時2浪し、
3回共通一次を受けたという人は
他にも大勢いたと思います。

5教科7科目の時代ですから、
当然理科は2科目選択です。
私は、何と3年間の理科の試験を
すべて違う選択科目で受験したのです。
現役時「物理」「化学」
1浪時「化学」「生物」
2浪時「生物」「地学」

人生というものは、
何が幸いするかわからないとつくづく思います。
受験生の頃は、教師になるとは思いもしなかったのですが、
実際に理科の教師になって、
これほどありがたいことはありません。
とにもかくにも理科の4科目すべてを
授業を受けただけではなく、受験勉強でやったのですから。
おかげで、公務員志望者への指導の際など
大いに助かっています。

「生物・地学」にプラスして
「物理・化学」を持つことに勝算があったと
書いた理由は理解してもらえたでしょうか?

果たして、考査の前に有志を集めた勉強会をした結果、
自分のクラスの「物理」の点数が
平均80点近く行くといった
驚異的な成果を上げることができたのです。
「物理」専門の先生のクラスよりも
数十点上でした。

「自然科学の教育」で理科教育の土台を築き、
必要とあれば小・中学校の内容に戻って
個別指導を繰り返した結果です。

情報教育においても、3つの目標がありますから、
小・中・高(さらに大学も)それぞれの教育目標と
照らし合わせて、
情報教育の位置づけを考えていくべきでしょう。

「情報」の場合、「算数」「数学」のように、
前の段階に戻ろうにも、
それ自体が定まっていないのが現状です。
幸い、研究会の行事には
すべての校種からの参加がありますし、
11月5日の情報処理研究集会特別セッションもあります。
侃侃諤諤議論をして、
教育体系づくりの一助となれたらいいですね。

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            講演内容より

生涯学習を進める上で、重要なのは
開かれた学校である。
家庭・地域と連携を進める取り組みが求められている。

私は、「早寝早起き朝ご飯」国民運動を
起こそうとしている。
学校・家庭・地域の三者が一体となって
子どもたちの基本的な生活習慣の確立を
めざそうというものだ。

全国PTA連合に呼びかけたところ、
賛同の意思表示をいただいているので、
近々、力を合わせて取り組みたい。

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最後に話をされたのは、
当初、期待していた生涯学習に関する内容でした。
趣旨に対して、私も大いに賛同します。

今夏、クールビズが
省エネ、CO2削減につながったように
「早寝早起き朝ご飯」運動が
一大ムーブメントになれば、
学校現場も大いに助かりますし、
子どもたちの学力低下に歯止めをかける
1つの原動力になるのではないかと期待しています。

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