情報リテラシー

今日も中学校進路説明会に‥

今日も午後から中学校説明会に
出向きました。

体育館での実施でした。
プレゼンテーションソフトが
使える準備を整えてあり、
プロジェクタとの接続も
大変スムーズにいきました。

新校舎が有する多目的な広場の
利点をPRすべく
図や写真を用いて
プレゼンテーションを構成したのですが、
口頭のみの時に比べると
内容を説明することに追われ
生徒や保護者の方の気持ちを
十分に引きつけるには
至らなかったように思います。
今後の課題ですね。

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中学校進路説明会参加

午後から中学校説明会に
出向きました。

町民センター大ホールといった
会場で実施され、
プレゼンテーションソフトが使えず、
口頭で説明しました。

非常に反応が良く
質問も出たりしてうまくいったと思います。

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引き続き格闘中です

program 左の図は、現在作りかけの
体育祭人文字プログラムの
動作画面です。

マウス操作だけで、
誰でも簡単に人文字が作れ、
一人ひとりが
何番目に何色を出すかを示す紙を
プリントアウト出来るというものです。

今日1日でかなりのところまで
いきました。
一応の完成まで、
もう一息というところです。

これまでプログラム上の制限で、
縦が最高10人、横が最高34人であったものを
縦が最高12人、横が最高35人に
増やすことにも成功しました。
過去のデータを新プログラム用に
コンバートするソフトウェアも
同時に開発しました。

と、こんな風に
プログラム三昧の休日を
送っている私です(笑)。

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Active Basicと格闘中です

現在、MS-DOSのN88BASICを用いて作ったプログラムを
Active Basic Ver2.62に移植中です。
N88互換BASIC for Windows95上では
問題なく動作するように作り直して
実際に前任校の体育祭における
人文字作成に使われたりもしていることは
以前お書きした通りです。

N88互換BASIC for Windows95は
システムにインストールしなければ使えず
環境を変えてしまうために
私が今回目的とする研修での使用は
不可能なのです。

いろいろ探索していて
上記のActive Basic Ver2.62に落ち着きました。
最新版は、Ver4.10.02なのですが、
Ver2.62は、N88BASICとの互換性も
かなり強い上に
どうやらWindows98環境があれば、
コンパイルして
ライブラリを必要としない
純粋なexeファイルにすることも可能なようです。

これまでプログラミングといえば
BASIC一筋だった私ですが、
ライブラリが必要ない
実行ファイルが作れるという点で
Delphiに注目し、
夏休みにフリーバージョンを用いて
自分なりに学習したりもしました。
今でも、Delphiには
すごく魅力を感じるのですが、
間近に迫った研修のために
アプリケーションを作るのには
間に合いません。

そこで、今回は
何としてもActive Basicを
ものにしたいと思っています。
一応、行番号を入れないソースはでき上がり、
現在デバッグの最中です。

N88BASICにあって、
Active Basicにない命令として
ON ERROR GOTO 0があります。
エラーが起きたら、
とにかく最初から実行し直すという命令です。
これがないために、
エラートラップが作りにくく
苦労しています。
いくつかのメニューで
バグが生じているのも
どうもこれが原因のようなのです。

プログラミングそしてデバッグ
極めて長時間を要する地道な作業です。
しかし、これをすることで、
アルゴリズムや
プログラム言語についての理解は
格段に深まります。
今晩、もう少しデバッグを
がんばってみるつもりです。

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情報活用のポテンシャル

今日は、ブログ書きに優先して
するべき仕事を自分で決めていました。
それは、幸い何とか
ぎりぎりでバッテリーがもってくれたおかげで、
無事MD録音できた
5日の特別セッションにおける発表
『座学を中心に据えた教科「情報」』
内容をコンピュータにディジタル録音し、
mp3化することと、
それを福岡情報教育授業研究会のウェブに
アップロードすることです。

多少、時間はかかりましたが、
まずMDからwaveに録音し、
それをフリーソフトの
「午後のこ~だ」を用いて
mp3化することができました。

mp3化する前に
十年来愛用している
CD焼きソフトNEROのツールの1つ
WaveEditorを用いて、
プレゼンファイルを開いたり、
マイクを取り付けたりして
無音状態になっている部分をカットしたり、
音量をノーマライズしたりもしました。

私は、ビデオ編集などの
マルチメディア系の仕事に携わることが多く、
画像・映像・音楽の編集、加工を
比較的得意としています。
いろんなことにチャレンジして、
自分のポテンシャル(潜在能力)を
高めておくことは、
いざという時に
非常に意味をもつという経験を
数多くしてきました。
今日の作業もそれが生きたという形です。

私の拙い発表を聞いてみようか
と思われる奇特な方は、
上記リンクURLにアップロードしていますので、
ファイル名を右クリックして、
「対象をファイルに保存」という方法で
ダウンロードしてくださると
よろしいかと思います。
論文ファイルや
プレゼンテーションの配布資料
(いずれもpdfファイル)も一緒においています。

学校業務の方は、
いよいよ11日に迫った
文化祭準備が中心となっています。

ITシステム科の生徒は、
文化祭のポスターとチラシの
制作活動にいそしんでいます。

その様子については、
また明日にでも報告させていただこうと思います。

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情報の収集・整理の怖さ

明日は、私が11年7ヶ月の長きにわたって勤務した
前任校 福岡県立太宰府高等学校の
二十周年記念式典が行われる日です。

在職時、もっとも仲がよく、
私が後継者と見込んで
一緒に情報部の仕事をやってもらった先生から、
式典が明日だということは聞いていました。
しかしながら、出席することは
半ばあきらめていました。
特に予定が入っているわけではありません。
他ならぬ愛する前任校の記念すべき日です。
参加したい気持ちは山々です。
しかし、あきらめざるを得ない理由が、
そこにはあったのです。

6月と9月にその布石がありました。
文化祭と体育祭です。
通常、旧職員に対しては
来賓としての招待状が届きます。
その葉書を校門のところで見せることによって、
来賓用の駐車場に案内するしくみになっているのです。
永年勤めました関係で、
駐車場の仕事に携わったことも
もちろんありますから、
事情はよくわかっています。

しかし、私にはいずれの招待状も届きませんでした。
10月15日付のブログ「伝統の継承」で
書きましたように、
体育祭の人文字には特別な愛着がありましたから、
参加したかったのです。

先ほど布石が6月と9月に、
と書きましたが、
さらにさかのぼると
本当の始まりは4月だったのかもしれません。
呼ばれるかな?と期待していた
学校全体の歓送迎会に声がかからなかったのです。
幸い、基礎教科である
理科の歓送迎会には呼んでいただくことができ、
なつかしい面々としばし時を忘れて飲み交わし、
語り合うことができました。

6月の文化祭の招待状が来ない段階で、
私は“それ”を疑い始めました。
“それ”とは?
そうです。
11月1日付という年度途中の半端な時期に
異動した私は、
旧職員リストから漏れているのでは?
という疑念です。

そんな矢先、8月の盆前に行われる
恒例の同窓会総会の招待状が届きました。
公式ウェブ同窓会コーナーの
情報を更新する必要性を、
余計なこととは思いながらも
新しく同窓会担当になられた方にお教えしたり、
前出の後継者と見込んだ仲間の先生に、
更新の方法をアドバイスしたり、
さらには依頼を受けて、
二十周年記念総会の
タイトルロゴを作成してメールで送ったりしました。

そんなことができたのも
きちんと招待を受けていたからでもあったのです。

ははぁ。
どうやら同窓会のリストには載っているらしいので、
学校のメインのリストの方だけ
漏れているのかな?と思いました。

9月の体育祭の日程については、
同窓会総会に向かう際、
バスの中でご一緒した
前任校の校長先生に伺っていました。
しかしながら、
招待状はやはり届きませんでした。
私の疑念が、とうとう確信に変わったことは
言うまでもありません。

私は迷いました。
リストに入っていないことを知らせるべきだろうか?
しかし、
そうすると担当した方に
ものすごく恥をかかせることになる。
できれば穏便に済ませたい。
自分さえ我慢すれば済むのなら、
このままでよしとするべきか。

こんな風に考え、
記念式典の出席も
あきらめていたというわけなのです。

チャンスはふいに訪れました。
ちょうど1週間前の金曜日に、
精魂傾けてやり遂げた
「福岡県高等学校教科等研究会情報科研究部会」の
設立総会・研修会終了後のことです。

総会・研修会に参加された
前任校の先生と話をした際、
目前に迫った記念式典の話題になり、
「先生も当然参加するでしょう?」と
尋ねられたのです。
多分傍目から見ると悲しそうにだと思いますが、
私は、「招待されていませんので‥」と
答えたのです。
さすがに、ここで嘘をついてまで、
我慢を続けるということはできませんでした。
間違ったことを言った方が、
後あとトラブルの種になるかもしれない
とも考えたのです。

相手の先生は、
「そんなはずはないでしょう」と軽くあしらい、
「もう一回郵便物を確認した方がいいですよ」
とおっしゃいました。
至極当然の反応だと思います。
招待リストに漏れなどあるはずがないと、
おそらく前任校の先生方は
みな思ってあったはずですから。

今週に入って、今年度庶務の仕事に就かれた
長年一緒に仕事をしてきた先生が
すごく恐縮しきった声で
電話を掛けてこられました。
「まさか」と思ったが、
念のためにと調べてみたら、
やっぱり漏れていたとのことでした。
「年度途中だったので‥」
ともおっしゃっていました。

すでに、記念式典の要項を
FAXで届けても下さっており、
祝賀会の方も席を確保しているので、
是が非でも出席して欲しいとのことでした。
私が、喜んで「はい」と答えたことは
言うまでもありません。

今回の件で、
情報の収集や整理を誤ると、
人の心に深く傷をつけかねない
ということを改めて教えられました。

私の場合、他校の行事に参加できない
というぐらいで済みましたので、
致命的なダメージを受けた
というわけではないのですが、
相手が児童・生徒といった場合ですと、
自己の存在をないがしろにされた場合、
極端なケースでは、
自ら命を絶つなどといったことも
あり得るかもしれません。

情報教育に携わり、
かつその普及と発展に関与するものとして、
情報の収集・整理を慎重な上にも慎重を期して、
誤りなく行うことは、常に心すべきだと思います。

「情報」は、生き方の勉強だと
口癖のように繰り返す私ですが、
その言葉の重みを
より一層かみしめている今日この頃です。

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プレゼンテーションの原点

今日は、午後から
地元嘉飯山地区のある中学校の進学説明会に招かれ、
出向いていきました。
4月以降、中学校の説明会には、
これまでかれこれ5,6校は行ったでしょうか。
会場は、体育館や図書館などまちまちでした。
時間はたいてい15分から20分の割り当てですが、
ちゃんとプロジェクタとスクリーンの用意がしてあって
ノートパソコンだけ持ち込めば
すぐにプレゼンテーションができる設備を
整えてくれています。
今日の学校も同様にプレゼンの準備が
してあるものと思いこんで、学校に向かいました。

資料としては、
中学生進路相談事業用に作ったプリント1枚と
他校の生徒さんから寄せられた
質問に丁寧に答えたQ&A集2枚、
それに本校ITシステム科と
九州工業大学情報工学部との
連携事業を報じた地方紙の記事1枚の
計4枚を生徒・保護者・教師の
人数分用意していました。

控え室に案内されて、話をした際に
当然「YES」という答が返ってくることを期待して
「プロジェクタとスクリーンは用意してありますか?」と気軽に尋ねました。
すると、予想とは裏腹に「ありません」との返答でした。
お話から察するに、これまでプロジェクタを
使われたこと自体あまりない様子で
「さて、どこにしまってありますかね」と
おっしゃる始末です。

中学校に招かれた際、あるいは
学校に体験入学で見えた際、
いずれもPowerPointを用いた
プレゼンテーションの形で
説明してきた私は、一瞬とまどいましたが、
こうなったら、
日頃トレーニングしている成果を発揮するまでと
開き直りました。

10月8日に自分の出演したラジオ番組が
放送されて以来、
車の運転中、繰り返し繰り返し
自分の話した内容を聴いて
うまく表現できている箇所や
こうすればもっとうまくいく箇所
微妙に見え隠れする言葉のくせ等を
自らチェックしてきました。

何かの技術を高めるのに
“繰り返し”というのは
すごく重要だと思います。
聴いていくうちに
相手方のアナウンサーが
私に応対している時と
ほんの一言だけ、曲の紹介をされる時と
微妙に発声が違うことに気づきました。
気さくな雰囲気の発声と
仕事に徹した発声といえばいいでしょうか。
その切り替えが瞬時になされているのです。
さすがは、プロだなあと感心してしまいます。

今日、説明会では実に久しぶりに
プリントを元に
言葉と身振り手振りだけの勝負に挑んだわけですが、
果たして、結果は○でした。

導入で、農業高校の伝統をくみ、
たくさんの動物が校内に飼われている話をし、
実は、世界で一番速く走る鳥がいるのです。
この卵、見たことありますか?
と言いながら、おもむろに用意しておいた
ダチョウの卵を袋から取り出して見せました。

私が、昨年11月に赴任してすぐに見た
ダチョウの卵を欲しくて仕方がなかった話や
6月に生まれた卵を首尾良く買うことができて
苦労してドリルで穴を開け、
中身を食べた話をすると
会場は一気に笑いに包まれ大いに盛り上がりました。

聴いている生徒さんや保護者の方が
私の話にどんどん引き込まれる様子が
手に取るようにわかり、
プリントの内容に入ってからも
さらに気分が乗って、
実にスムーズに説明をしていくことができました。

機会ある度に授業技術を磨くことの重要性を説き、
常に自分自身の技術を磨くように心がけている私です。
以前も紹介したかと思いますが、
中学生の時に初めて目にして以来
座右の銘にしてきた
ギリシアの哲学者エピクテトスの言葉
「困難は、人の真価を証明する機会である」を
実地に体験できた進学説明会でした。

やはり、プレゼンテーションや
コミュニケーションの基本は
“語り”であることを再確認できました。
そういう意味でも音声だけで勝負する
ラジオ番組に出演する機会を得たことは
貴重な体験だったと思います。

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企業情報検索あれこれ

今日は体育祭予行でしたので、
授業がなく実践報告はできません。
これから当分そういう日が続きますね。
体育祭が予定通り15日(土)にやれたとして
今度授業ができるのは、
18日(火)ということになりそうです。

本校は、今月末にインターンシップを実施します。
1学年全生徒が、何らかの職場で
職業を体験するというものです。
最近は、中学校でも
総合的な学習の時間を利用したりして
似たような取り組みが行われているそうですね。
本校のような専門高校に
入学を希望する生徒さんの場合は、
なるべく早く自己の職業適性を知っておく方が
望ましいという考え方は確かにできますね。
いったんどこかの専門学科を選んで入学したら
後戻りというのができませんので。

明日、インターンシップをお願いしている
相手先の企業等に、
詳しい要項と生徒の名簿を送付しなくてはなりません。
今後も幾度となく、
文書を送付する必要がありますので、
インターンシップ企画委員会の中で、
責任者の先生から、住所や担当者名を入れた
タックシール作成を依頼されました。

訪問担当者の報告書と企業側から送付された
FAX文書を頼りに住所録を作るのです。
企業名や希望生徒名等を入れた原簿自体は
Excelのワークシートなのですが、
本格的に住所録を作って、
シールに印刷となると
やはり専用ソフトの出番ですね。
いわゆる年賀状ソフトのことです。

この分野に関しては、
さすがに国産のソフトに一日の長があるとみえ
「筆まめ」「筆ぐるめ」「筆王」といった
有名どころのパッケージが
そろそろこの季節になると
一斉にショップの店頭に並び始めます。
初冬の時期のいわば風物詩といっても
いいかもしれません。

私が過去10年来愛用していますのは、
Met's社の「筆自慢」です。
昨年末の2005年度版は、
ついにダウンロードで購入する、
おまけ機能無しのみの販売になりました。
名前もずばり「筆自慢2005 simple」です。

数あるソフトの中から「筆自慢」を選んだのは
主に次のような理由からです。

(1)起動が速く、動作がキビキビしている。
   ※ いわゆる“軽い”ソフトであるということです。

(2)データ項目が充実しており、
   多目的に分類・整理ができる。
   ※ チェック項目が多数用意されており、
     その内容でカード選択ができる上に
     選択条件も保存可能なので、
     いろいろな検索がワンタッチでできるのです。

   ※ 私は、備考欄を利用して
     何年度は、何日に年賀状が届いたかという
     データをインプットしています。
     元旦に届けてくださる方には、
     やはりこちらも誠意を持って対応します。
     年賀状を出していることを、相手の方が迷惑に   
     感じておられることがわかれば、
     出すのを遠慮するようにしています。
     届いた日付こそが、自分と相手の関係を
     もっとも端的に表していると思います。
     私は自分から出す場合、何があっても
     元旦に届くように出します。

実はこの「筆自慢」、
以前ダウンロード版が
無償で提供されていたことをご存じですか?
私の手元にあるのは、2001版です。
おそらく、これが最後のフリー版だろうと思います。
フリー版と銘打つからには
かなり機能削減があるだろうとお思いでしょうか?

あにはからんや、基本的な住所録機能は
パッケージ版と何ら変わらないのです。
先ほど、私が特長として挙げた機能は
すべて備えているということです。

私は前任校で、図書の副主任をした年に
地区の事務局の仕事がまわってきたことがありました。
その際、文書発送等の事務作業は
すべてこのフリー版「筆自慢」でやりました。

こういうものを一度手に入れておくと
どんな仕事の上でも使用できて、
助かることこの上ないですね。
毎年有償でバージョンアップしている分と併せて
こちらの方も大事にしていこうと思います。

どうも私は、思い入れのあるソフトウェアなどを
紹介し始めると
際限なく、文章を書き連ねるというくせがあるようです。
そろそろ本題に戻りたいと思います。

今日の課題であった訪問企業先住所シール作成も
「筆自慢」を用いて行いました。
「筆自慢」には、2003年版までパッケージ版には
電話帳CD-ROMが付属していたのです。
もちろん、2005 simpleでもこのCD-ROMは使用できます。
似たような機能は、
前に挙げたメジャーな「筆○○‥」ソフト群にも
備わっていると思いますので、
ご存じの方も多いのではないかと思います。

住所録を作るときに、
まず電話番号だけを入力して
「郵便番号」「住所」「氏名(会社名)」「電話番号」と
4つ用意されたキーのうち
「電話番号」をもとに検索をかけると
電話帳に登録されている氏名(会社名)であれば、
残りの3つのデータ
「郵便番号」「住所」「氏名(会社名)」が
自動的に入力されるのです。
この機能が利用できる場合、
入力に要する労力が大幅に軽減されます。
ものすごく楽ですね。

もちろん、電話帳に登録がない氏名(会社名)の場合は
この方法は使えませんから、
キーを「郵便番号」に切り替え、
「住所」の途中まで探すぐらいしかできません。

しかし、今回の仕事で困ったのは
企業等から確約の印であるFAX文書が届いておらず、
頼りになるのは、担当者が書いた報告書のみというケースです。
肝心の電話番号が記載されていないのです。

私がそのことをぼやいていますと、
同じ部屋で仕事をしてあった同僚の方が
「インターネットで調べたらどうですか?」
とおっしゃいました。
せっかく好意で教えてくださっていることもあり、
私は、多少遠慮がちに
「インターネットの情報は、古いものが残っていたり
入力ミスがあったりして、信用しにくいので‥」と
言いました。
そして、補足するために
「インターネットの世界というのは、
まるで近代的なビルと、廃屋が隣り合って
建っているようなものです。
しかも、書かれた情報の確からしさを知るためには、
莫大な時間を掛けて、多くのサイトを比較検討しなければならず
結果的に時間の無駄になりかねないのですよ」と
静かに語りかけました。

今回の仕事のように
絶対にミスが許されない場合、
インターネットを使って
情報を収集するというのは
極めて危険だと私は思っています。
もちろん、補助的手段としては有効ですし、
公的なサイトの場合、信頼性も高いだろうとは思います。

私が、「筆自慢」の電話帳の補助として
利用したのは、
「電話帳図書館」というソフトウェアです。
文字通り、全国の電話帳の内容すべてが
1枚のDVD-ROMに収録されているというものです。

所有しているのは、2,3年前に購入したものですので、
少々情報が古くなっているきらいはあるのですが、
今回の目的である企業関係の電話番号の場合、
数年で変わる可能性は低いので使えるだろうと判断しました。
果たして、企業検索で県を福岡に絞り、
企業名を入力すると、
ほとんど全部目的の電話番号が見つかりました。

後は、その電話番号をコピー&ペーストで
「筆自慢」の住所録に入れると、
見事に「郵便番号」「住所」「会社名」が
自動入力されました。

「電話帳図書館」と「筆自慢」の連係プレイは、
今日初めて試したのですが、
当初期待した以上に、強力なツールになると確信しました。

今日は、その機能は用いませんでしたが、
「電話帳図書館」には地図ソフトとの連係機能があり、
目的のデータを選択して地図アイコンを押すと、
その場所がピンポイントで示されるのです。
中学校訪問で初めての学校に出向く際、
この機能には大いにお世話になりました。

しまい込んでしばらく使っていなかった
「電話帳図書館」を引っ張り出してくる前は、
それぞれの学校のウェブページを見ていたのですが、
2000年頃に作られままだったりするものも多く、
電話番号や住所が載っていないケースもありました。

単純作業として当たると
苦痛に他ならないような仕事も
工夫次第でスムーズにはかどります。
さらに、心がけ一つで
自分自身の情報収集能力を高める
チャンスにもなるのだということを
身をもって知った私です。

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思いを届けるということ

今日金曜日の私の時間割は、
3限目「情報と表現」4限目「情報実習」となっています。

久々に授業をして、その実践報告ができると勢い込んで、
準備に励んでいたのですが、
昨日、担任からどうしてもホームルームをする必要があるので、
1時間いただけませんかという要望があり、快く受け入れました。

新学期すぐですから、
クラスづくりをきちんとすることは、後々効いてきます。
私も担任経験が長かったですから、
そのあたりの事情はよくわかります。
片方1時間は残るからと‥思っていたのですが、
今朝職員室に出向くと、
4限目は体育祭のブロック集会となっていました。

ということで、今日も授業はできませんでした。
そこで、本来であれば授業の際に、生徒に話をしようと思っていた内容を
メッセージの形で印刷して担任に託しました。
多少、個人的な内容になりますが、メッセージの内容を
ここに掲載させていただきます。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

生徒のみなさんへ

明日の10月8日(土)17:05~17:20の時間帯で
RKBラジオの「林田スマのおかあさんにバンザイ」
という番組に出演します。

収録は、先日行われました。
名刺をお渡ししたこともあり、アナウンサーの方から、
最初に嘉穂総合高校の特色や
ITシステム科の生徒のみなさんの印象を尋ねられたので
お答えしました。

その後の内容は、番組のタイトル通り、
私の母親に関する個人的な内容ですので、
あまり興味はわかないかもしれません。
二人いるうちの下の方の弟が重度身体障害者ですので、
障害をもつ方とのふれあいで
私が学んだことなども話をしています。

「情報と表現」の中で、一緒に勉強している内容を生かして、
限られた時間ではありましたが、精一杯自分を表現したつもりです。

休みの土曜日とはいえ、
部活や体育祭準備など何かと忙しいことと思います。
もしひまがあったらで結構ですから、
聴いてみてくださると幸いです。

                                               学科主任 倉光 浩二

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

昨日、「必ず真に教ふべきことありて発信者となり、
真に学ぶべきことありて受信すべし」と書いたばかりですから、
果たして、自分が話した内容が、
公共の電波を使って発信するのにふさわしいものかどうか、
あまり自信はないのですが、
電波が受信できる範囲内にお住まいの方は
もしよろしければお聴きくださるとうれしく思います。

話の中身そのものは、100%事実のみであり、
まったく嘘、偽りはありませんが、
自分の言葉を1つの作品というつもりで、語ったつもりです。

実際は、アナウンサー(林田スマさんとおっしゃる素敵な女性です)の方と
対談形式でしたので、そうはならなかったのですが、
仮に15分間、一人でしゃべるようにと指示されても
それができるように、1つの重要プロジェクトと位置づけ、
話す内容をアウトラインプロセッサーで整理して練り上げ、
頭の中で繰り返し反復して、当日に臨みました。

情報をいかに表現するか?
まさに今、専門教科「情報」の1つの科目として
生徒とともに学んでいる内容の実践の場と位置づけたのです。
私がふだん心の中にしまいこんでいる
大切な宝物のような思い出のひとコマや
母と弟への思い。
果たして、ラジオの前の方の心にどう届くでしょうか?
少しハラハラしながら、静かにその時を待っています。

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真に教ふべくことありて‥

今日は、午前中始業式や合同全校集会
(現在、同居している新旧二校の全生徒が集まる会です)
などの行事が行われ、
午後は、体育祭の全体練習などでした。
基本的に空き時間というものが全くない上に、
合間をぬって頼まれ事をして、
それをこなすのに手一杯という感じでした。

具体的には、
①pdfファイルを白黒で作る方法を教えてくれ(嘉穂総合教務主任)
②LANケーブルを作ってくれ(嘉穂中央事務)
③Webページの更新の仕方を教えてくれ(嘉穂中央管理職)
等々です。

特に時間を要したのが、③です。
フリーソフトのFFFTPを使って、
携帯電話で受信できるページの更新をする方法を
先日お教えしていたのですが、
今日は、さらに大本のウェブページの更新にまで要求が及んだために、
かなり長時間を要しました。

メモ帳で簡単なタグを使って、
htmlの日本語部分を書き直す方法は
どうにか理解していただくことができましたが、
ページ全体となりますと、
メモ帳ではかなり無理がありますので、
専用ソフトを使われた方が楽ですよとアドバイスしました。

1校でも大変なのに、この身一つで2校分の仕事となると、
とてもとても、こなしきれるものではありません。
何とか仕事をまわりの方に広めて、
役割を分散しなければからだがいくつあっても足りません。
そのためにも、職員研修は大切ですね。

年度当初に二校合同のネットワーク研修を
私が担当して実施したのですが、
プレゼンテーションや、
ウェブページの作成といった要望もありますので、
研修部と相談して企画してみたいと思います。
まずは、資料を作ったまま、
実施できていない個人情報保護の研修が先ですが(笑)。

さて、情報教育には3つの目標が定められています。
「情報活用の実践力」
「情報の科学的な理解」
「情報社会に参画する態度」です。

私は、今週ずっと教師に求められる
リテラシーとしての情報活用能力を考えています。
情報活用能力は、自分なりに
「収集」「分析」「発信」の3つととらえています。
「収集」と「分析」については、
昨日まででおよそ論じることができたと考えていますので、
今日は、残った「発信」について考えてみたいと思います。

発信という言葉を目にして、
私が常々思い出すのは、
教師に成り立ての頃、私を導いてくださった一人の先輩のことです。
自己に厳しく、他人にやさしい先生でした。
若い私は、幾度叱咤激励を受けたことでしょう。
平和教育に真摯に取り組んだのもこの先生の影響でしたし、
エイズ教育の研究を依頼されたのも先生からでした。
人並みはずれてエネルギッシュな先生が
白血病に冒され、四十代の若さで他界されて
8年半が経過しました。
残された者にとって、月日のたつのは早いものです。

先生が、教師という仕事に当たる者として、
座右の銘にすべしと説き聞かせてくださったのが、
吉田松陰の師弟論の一節です。

大抵師を取ること易く
師を選ぶこと審かならず。
故に師道軽し。
故に師道興さんとならば、
妄りに人の師となるべからず、
又、妄りに人を師とすべからず。
必ず真に教ふべきことありて師となり、
真に学ぶべきことありて師とすべし。

特にこの中の
「必ず真に教ふべきことありて師となり、
真に学ぶべきことありて師とすべし。」という箇所こそ
先生が、後進にもっとも伝えたかった教えであると
私は受け取っています。

採用試験に受かったから教師ではない。
生徒が真に習いたいと思う気持ちを抱く人物足り得て
初めて教師なのだということですね。

私は、情報発信(受信)についても
これと同様のことが言えるのではないかと
思うのです。

師弟論をもじってみました。
「必ず真に教ふべきことありて発信者となり、
真に学ぶべきことありて受信すべし」と。

高度情報通信社会の出現は、
だれでも発信者になれるという環境を現実のものにしました。
いわゆるチラシの裏に書けば‥といった
個人的な内容を延々と書き連ねたサイトやブログを
よく目にします。
メールを受信すれば、たいてい1つや2つは
タイトルすら見たくもないような
下劣な内容のスパムメールが届きます。

一昨日書いた「情報の本質を考えて」の中で
書きましたように、
私は、基本的に知識(情報)は毒だと思っています。
発信者は、自分が発する情報が
基本的に相手にとっては有害であるかも知れないという可能性を
常に頭に置きながら、その行為を行うべきではないでしょうか。

私は、以前から
情報教育は、生き方を学び取る教育でなければならないと考え、
授業の際に生徒にも伝えてきました。
生徒が主体的に学ぶために、
教師はある面、援助者でもあらねばならないと思います。
また、後ろ姿で教えられるだけの
リテラシーを身につけておかなければならないと思います。
自分のもつリテラシーを
生徒に分かち合うためにも、
教師は「収集」「分析」「発信」
すべてにまたがるレベルの高い情報活用能力を
身につけることが求められるでしょう。

私は、この数日間のブログ書きを通して、
実は、コンピュータにふれる以前の
いわばメタ的リテラシーの部分こそが、
情報教育を志す教師に求められる、もっとも重要な能力ではないかと
考え始めているところです。
自分の書いた文章を幾度も読み直し、
まずは自分自身を問うことから始めてみたいと思います。

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惚れて通えば…と新聞利用

秋期休業は今日で終わり、
明日からは新学期(後期)がスタートします。
午前中、始業式などの行事
午後は、体育祭の全体練習ですので
授業はまだ始まりません。

中学校に出向くことができるのも
基本的に今日までというのがありましたので、
午後すぐに出かける予定でした。
今朝、出勤すると
10時から予定されていた職員会議が
12時からに変更になっていました。

会議が結構長引いたのと、
今日までに提出しなくてはならない
書類があったりしましたので、
中学校訪問に出発するのがかなり遅くなってしまいました。

最低5校はまわる必要があったのですが、
進路や3年生の先生方にお会いして話をしていては
到底まわり切れるものではありません。

そこで、前回お会いして
人間関係が築けた先生方に
メッセージと私の名刺を添えて
配布物一式をお渡しすることにしました。

前回は、初めて訪問する学校も多かったので
事前に電話で先方の都合に合わせて約束を取り、
今日2校、明日1校みたいな感じで
2週間ぐらいかけてまわりました。

その際に、「次回以降、事前に約束なく
訪問させていただくことがあるかと思いますが、
その時は、無理にお会いくださらなくても
用件を言づけていきますからご心配なく」と
先回りしてお断りしておいたのです。
今日、それが生きたということです。

5校中4校は、事務の方もしくは先生方に
前回お会いした先生への手渡しをお願いしました。
メッセージと名刺をあらかじめ用意しておいた
こちらの配慮を、お願いしたみなさん、
なべて好意的に受け取ってくださったようでした。

最後の1校も、言づてを考えていたのですが、
前回名刺をいただいていた
進路担当の先生が、私が来たとの知らせを受けて
わざわざ出てきてくださいました。
たいへん、嬉しくありがたかったです。

一度は出向いたのなら、以後は、
必要な書類を送るだけでいいのじゃないかと
おっしゃる方もいます。

私自身日頃、自分の机の上に名刺が置いてあったら
さらに、その名刺に一言添えてあったりしたら
たとえ相手が業者の方であっても
真心を感じますし、ありがたいと思います。

たまたまその日は時間が合わず
お会いできなかったわけですが、
今後も変わらずおつきあい願いたいと思います。

遠方からはるばる出向いたという行為は、
それ自体が、言葉以上に雄弁なメッセージとして
相手の心に届くのです。
これぞまさしく、
ノンバーバルなコミュニケーションの
究極の姿なのかもしれませんね。

「惚れて通えば千里も一里」という諺があります。
ぜひ、我が校へ生徒さんを送り出して欲しいという
私の切なる願いは、
山1つ2つ越えたはるか遠いかなたに位置する
中学校の先生方の心に無事届いたでしょうか?

前置きが長くなりました。
バーバルな、あるいはノンバーバルな
コミュニケーションについても
研鑽と実践を積み、
いずれは論じてみたいと思っているところです。

さて、昨日は「情報収集」のリテラシーとして
百科事典ソフトの利用について書きました。
今日は、新聞について考えてみたいと思います。

旧来的な情報メディアの代表である新聞は、
それ自身、うつろいの中にあるという宿命をもっています。
情報の「不易」と「流行」の観点からは、
「流行」の方に位置づけられるでしょう。
ニュースの記事はもちろんですが、
特集記事やシンポジウムの記録など
保存しておきたいと思う内容でも
よほど心してスクラップしない限り
すぐに古新聞の山に埋没し、
二度と日の目を浴びません。

私が教師に成り立ての頃、
日本ミックという会社の方が宣伝に見えました。
「教育」や「社会科学」「自然科学」など
いくつかのジャンルごとに
全国各地の新聞から記事を集めたものを
毎月1冊の本の形にして自宅に届けるという
サービスを展開していた会社でした。
本は、ちょうどその頃創刊号以来、
ずっと欠かさず購入していた「Newton」に
よく似た作りであったように記憶しています。

当時まだ独身で、お金も比較的自由に使えたこともあり
新聞切り抜き誌の価値を認めた私は、
すぐに「教育」と「自然科学」の2冊を契約しました。

最初のうちこそ、送られてきたその日のうちに
一通り目を通していたのですが、
忙しさにかまけてだんだん積ん読状態になり
しまいにはとるのをやめてしまった私でした。

以前、新聞切り抜き誌の話題になった時
同じようなことを語ってくれた仲間がいました。
同時代を過ごした者同士の
不思議な連帯感を感じたように覚えています。

情報ソースとしての新聞の使い方を、
教科「情報」における教育課題として
どう料理するか、案外これはこれで悩ましいものがあります。
これまで直接使ったのは、
前任校で実施していた「情報A」の授業で
教科書の課題として出てきた天気図ぐらいです。
修学旅行のプラン作りの資料としても
ひとつの例として新聞を挙げましたが、
実際に用いた生徒はいなかったようです。

一昨年度、研究会の仲間の一人が
地区の研修として公開した授業が
大変印象に残っています。
生徒のプレゼンテーション実習と
その自己評価という2時間続きの授業でした。
プレゼンテーションのテーマを
まさに新聞記事から選ぶよう指示されていたのです。

舞台が、最初に教壇に立った
私にとって、思い出深い学校でもありましたので、
多少ひいき目に見たということもあるかもしれませんが、
生徒さんのプレゼンテーションは、
どの班も、高校生の研究発表としては
かなり高いレベルに仕上がっており、
大いに感心しながら見せていただきました。

中でも印象に残っているのが、
長寿世界一で有名だった
カマトおばあちゃんの研究です。
テレビをほとんど見ない私は、
恥ずかしながらカマトさんのことを
全くというほど知りませんでした。
生徒さんの発表で興味を持って
家に帰ってからも自分なりに調べた記憶があります。

読売新聞の方が、
「スクールヨミダス」という新聞データベースを
各学校紹介にまわってあるようです。
私は数回お会いしただけですが、
とても熱心に説明をされるので、
こちらも真剣に聴こうという気持ちになります。

現在、嘉穂総合高校には
お試し用として、
毎月データベースログイン用の
ID、パスワードとワンタッチでログインできる
htmlファイルが送られてきます。
私も時々利用させてもらっていますが、
ついつい時間のたつのを忘れて
どんどん記事を読みたくなります。

このような新聞データベースが
個人で使えるレベルまで価格が下がれば
私が若い頃とっていたような切り抜き誌は
いずれ出番がなくなるだろうかと思ったこともあります。
しかしながら、よくよく考えると
切り抜き誌は切り抜き誌で、
紙できちんと保存できるとか、
記事を斜め読みできるとかいった
データベースにはない良さがありますから
共存はするでしょうね。

このようなデータベースも
学校単位で契約すれば
もちろん授業で利用することもできることになります。
今は契約に至っていませんが、
お試し期間のうちに
生徒の学習に大いに役立つことが
実証できたら、
将来的には導入の道が開けるかもしれません。

話は変わりますが、
先日、我が校のITシステム科の生徒が
同じ地域にある九州工業大学情報工学部の
教職希望の学生さんと、手を携えて学ぶ取り組みが、
新しい形の高大連携として、
西日本新聞の筑豊版に大きく掲載されました。

学校としても大いに宣伝になりますので、
できれば本校のウェブページに掲載したい旨
記者の方に伝えると
本社の読者室に尋ねてくれとのことでした。

果たして、電話で問い合わせると
ウェブページへの転載は、
記事の内容であれ、写真であれ
一切許可しませんとのことでした。
一度ウェブに載ったが最後、
どんな二次的利用をされるかわからないからというのが
その理由だそうです。

なるほど、それは確かにその通りだと思うのですが、
残念な気持ちがします。
その記事には、私自身のコメントも掲載されていたのですが、
ひとたび記事の形になってしまえば、
そのコメントの著作権も新聞社に帰属するのでしょうか?
何か納得できない思いも感じながら
寂しく電話を切った私でした。

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情報の本質を考えて

今日は、午前中会議その他で
時間があわただしく過ぎ、
午後からは中学校訪問に出かけました。
最初に地元の2校に、
初めて中学校訪問をする若手の先生2人を伴って
行きました。

その後、夕方暗くなるまでかかって
糟屋郡内5校を一人でまわりました。
11月1日に体験入学を実施しますので、
その案内が今回の訪問の主眼です。

ほんの些細なひとことの中に
相手方の本音が垣間見えたりして
これは、これでなかなか得がたい経験です(笑)。
明日も糟屋郡内の残りの学校と
できれば福岡市内の福北ゆたか線沿線の学校にも
行きたいと思っています。

秋季休業中は、授業報告ができないという事情もあり
ここ数日、教師に求められる情報リテラシーについて
考察しています。
こうして書いていくことで、
自分の中にもやもやと存在していた考えが
論理的に整理されていく感覚があります。

情報の収集・分析に関して
「名刺」「face to face」「システム手帳」と
あえてコンピュータなどの情報機器を用いない
旧来的なリテラシーについて論じてきました。
今日は、情報収集にコンピュータを
活用する話を書きたいと思います。

先月25日に、旅行中の体験をもとに
客観的で確実な情報は、
インターネットよりもむしろ事典・辞典で
ということを書きました。
数ある事典・辞典の中で
私が個人的にもっとも愛用しているのは、
平凡社の「世界大百科事典」です。

大学時代にアルバイトをして
三十数巻の「世界大百科事典」を購入しました。
レポートや卒論を書く際の調べ物に活用し、
十分元は取れたと思います。
今となっては、もう開くこともなくなりましたが、
本棚の中に大事にしまっています。

今は「世界大百科事典」も
CD-ROM1枚に収まる時代になりました。
これは、本当にすごいことですね。
ノートパソコンの中に入れれば、
いつでも持ち歩くことができるのですから。
少々大げさですが、
まるで小さな図書館を個人で所有しているような感覚です。

ネット上の百科事典ももちろんありますが、
速度の遅いAirEdgeや@FreeDでつなぐのはつらいものがありますので、
やはりオフラインで使えるにこしたことはないでしょう。
仕事柄、岩波「生物学辞典」のCD-ROM版ももっています。
教科書の内容検討や準拠問題集の編集会議の際に
ノートパソコンを持参して、
調べ物をするのが私の役目のひとつでした。
生物学に関することは、
さすがに「生物学辞典」の方が上だろうという
予想とは裏腹に、両方の記載内容を比べてみると
たいていは、「世界大百科事典」の方に軍配があがったのです。

私は、前任校のリース更新の際に
生徒用パソコン全部に「世界大百科事典」と
Microsoft社の「Encarta」という
2つの百科事典ソフトを導入しました。
「Encarta」は、小・中・高の総合的学習における利用を
十分意識したつくりになっており、
記述内容は基本的なレベルです。
詳しさという点では、「世界大百科」の足元にも及びません。
しかしながら、「Encarta」のメリットとして
月ごとぐらいの頻度で内容が更新されることと、
編集部推奨のウェブサイトがリンクされており、
インターネットの入り口として使えるという2点があります。

私は、これまでも再三書いてきましたように
児童・生徒に安易にインターネットを利用させることに
大いなる警鐘を鳴らしたいと考えています。
情報の持つ「不易」と「流行」の
「流行」ばかりを求めさせる怖さを感じますし、
故意にゆがめられた「情報」の渦に巻き込まれ
己を見失っていく危険性もつきまといます。

私は、人権教育特にエイズ教育の取り組みの中で
「知識(情報)は心の毒である」という考えを抱くに至りました。
本来毒物である化学物質を
適度に薄めて用いると薬になるように、
知識(情報)も使い方によっては、
心の涵養につなげることができるでしょう。
そのためには、その知識(情報)を取り扱う教師自身が
危険性を十分認識している必要があります。

私がこのような考えを抱くに至った直接的なきっかけは、
新聞社の依頼を受けて実施した公開授業の際に
授業前と授業後で同じアンケートを生徒にとったところ
性行為が原因で感染した人への差別意識は、
むしろ授業後の方が強まったという結果が得られたことでした。
私のエイズ教育の原点は、まさにここにありました。
その集大成が「花子さんの休日」という作品なのです。
同様のことは、部落差別の意識の上でも生じています。

現代は、知識(情報)という名の毒が
そこら中に蔓延している時代ともいえます。
私たち情報教育に当たろうとする教師は、
ほかのどの教科にもまして、
知識(情報)は、本来的に毒であるという認識を
持ち続ける必要があるのではないでしょうか。

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システム手帳の利用

techou 教師に求められる「情報リテラシー」として
情報収集能力に特にスポットを当て、
前回、前々回と書いてきました。

今日は、私が昨年11月の異動を機に
本格的に使い始めたシステム手帳のことを
書きながら、情報の収集・分析能力について
考えてみたいと思います。

外国で生まれたシステム手帳というものが
世間で話題になり、職場の周りのあちこちで
使っている人を見受けるようになったのは
かれこれ十数年前のことでしょうか。

私も例に漏れず、新規採用になって赴任した
嘉穂東高校で使い始めた覚えがあります。
当時は、ワープロ専用機を用いていた時代でした。
主にシステム手帳の用紙に、
板書計画や家庭訪問用の資料を
印字したりして使っていました。
いわゆる典型的なシステム手帳としての
使い方ではなかったように思います。

その後、システム手帳を
パソコン上でシミュレートしたLotus Organaizerのような
ソフトを用いたりもしていました。

Organaizerが大活躍したのは
3年生の担任をしている時でした。
私は、看護・医療系のクラスを持つことが常でしたので、
ほかのクラスに比べて
受験で面接が必要な生徒が多かったのです。
必ず自分の手で
1人につき3回の面接指導を実施していました。

時間帯としては、昼休み・放課後を使っていたのですが、
自分の都合と生徒の都合を合わせなければならないため
スケジューリングに非常に苦労していたのです。

そこでOrganaizerの機能を用いて
面接予定を色分けして上手にスケジューリングし、
それをカラープリンタで印字して
教室の掲示板に貼ることにしました。
自分の3回分の面接指導が
何月何日の何時からかがよくわかると
生徒にも大好評でしたし、
私自身も日々の面接指導を
着実にこなしていくことができました。

平成12年度から14年度の3年間、
夏休みは現職教員等講習会の講師の仕事がありました。
1年目の12年度は、
私自身も全日程を受講して免許を取得する必要がありました。
その間はずっと出張になり、まだよかったのですが、
2、3年目は、学校の行事や課外授業に講師の仕事がからんで
複雑きわまりないスケジュールでした。

前任校では、当時3年生の希望者対象で
進学セミナーを唐津市で行っていましたので、
現職教員等講習会の実習の場であった北九州と唐津の間を
行ったり来たりするといったハードスケジュールでした。
この時も、パソコン上のソフトが大活躍してくれました。

この際、用いたのはOrganizerではなく、
以前からユーザー登録をして権利を所有していた
「月下(げっか)」というシェアウェアでした。
なぜ、Organizerではなく月下の方を選んだのか
記憶がはっきりしないのですが、
確か一日ごとのスケジューリングのしやすさが
月下の方が上だったのではないかと思います。

このように、本格的にパソコンを使い始めてからは
いわゆる紙ベースのシステム手帳ではなく、
システム手帳型のソフトウェアの方を
必要に応じて使い分けてきた私です。
システム手帳のホルダーは、
引き出しに眠ったままになっていました。

11月1日付で
開校前の準備室勤務として赴任した私を待っていたのは
授業を担当しながら、
校務をこなしていた教諭時代では考えられないほどの
超過密スケジュールの毎日でした。

再編整備関係の会議が次々に入りますし、
合間を縫って、中学校や印刷会社そして大学等に
出向かなくてはなりません。
とてもその度にいちいちスケジュールを
Organizerや月下に入力するひまなどありません。

取り扱う情報量も莫大なものがありました。
ノートを取る習慣はありましたが、
のちのちの整理のことを考えると
ノートでは無理だと思いました。
そこで、ほこりをかぶっていた
システム手帳に再び光が当たったというわけです。

文具店に行って、あらためて見てみると
十数年前とは比較にならないぐらい
リフィルの種類が充実していることがわかりましたし、
何と100円ショップでも買えることも知りました。

私がシステム手帳に求めたのは次の点です。
(1)年間・月間スケジュールの管理
(2)週間スケジュールの管理
(3)一日ごとのタイムスケジュールの管理
(4)メモ用紙
(5)Todo管理

それぞれ、ぴったりなリフィルが見つかりました。
さらに定規の役目を兼ねた下敷きや書類入れになるもの、
ミシン目付きのメモ用紙などもありました。

いろいろとホルダーに入れると
困るのはだんだんかさばってきて、
開け閉めがしにくくなることです。
そこで、今年度に入ったすぐに
思い切って、典型的バイブルサイズの大きめホルダーと
同じくバイブルサイズの小さめホルダーの
2冊を一度に購入しました。
メーカーは、いずれもレイメイ藤井さんです。
Davinciというシリーズです。
革製で丈夫で、とてもおしゃれで
文具店で見て、ひとめぼれをしてしまいました(笑)。

現在、2冊は次のように使い分けています。

小型の分
○年間・月間スケジュール
○週間・日間スケジュール(1日のタイムスケジュール)
○予備のメモ用紙
○チェックリスト(Todo)

大型の分
○メモ用紙
○方眼紙
○プロジェクト管理
○インターネットURL管理
○メモ帳(ミシン目つきで切り離して使用)

特に重宝しているのが、プロジェクト管理用紙です。
チェックリストに記載した中で
特に長期展望をもって取り組む必要がある仕事は
こちらにも記載するのです。
例としては、発表論文やプレゼンテーション、
それに執筆を依頼された原稿などです。
異色なものとしては、
ラジオ番組への出演を依頼され、
語る内容を構成した原稿もプロジェクトの中に入れました。

今や、システム手帳は片時も離すことができません。
小型の方は、上着の胸ポケットに入れていますし、
大型の方も可能な限り持ち歩いています。
いついかなる場所でも、チェックリストを調べて
まだ終わっていない仕事を確認したり、
プロジェクトの内容を考えたりできるようにしています。

また、一通り役目を終えたリフィルを
保存するために目にも鮮やかな7色のホルダーを購入しました。
colorfolderこれは、100円ショップには残念ながら置いていませんでした。
私が唯一見つけたのは、
意外にもヨドバシカメラの文具コーナーでした(笑)。
これも結構値段はしましたが、整理しやすく重宝しています。

高度情報通信社会における「情報の収集と分析」能力
意外にその主役を担うのは、
昔ながらの紙ベースである
手帳なのかなと思い、その運用能力を磨いている毎日です。

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「人間関係づくり」の能力

明日から3日間は、
秋季休業ですので、授業がありません。
この期間を利用して、昨日書き始めた
教師の「情報リテラシー」について、
じっくり考えてみたいと思っています。

「情報リテラシー」という言葉に、
Word,Excel,Powerpointといったコンピュータソフトウェア
の活用能力を連想する方が多いということは
まぎれもない事実だと思います。
そこで、私はあえて
情報収集能力の前段に位置すると思われる能力に光を当て
「情報リテラシー」とは何かを改めて考えてみたいと思うのです。

情報収集を、新聞、雑誌、テレビ等といった従来型のメディアや、
インターネット、e-learning教材といった新時代的メディアを
フルに活用して行うことは、決して不可能ではないと思います。
以前、高校生が世間を騒がせた事件の真相を
インターネットを駆使して解明し、書物の形で世に問うことをして
話題になったことがありました。

しかしながら、本当に重要な情報は、
face to faceでないと得られないということを
自分の人生体験から痛切に感じます。
私を教師へと導くきっかけになったのは、
「おまえは、先生になればよかばってんね」という
亡き祖父の一言でした。

福岡県高等学校用人権学習副読本「かがやき」に載せていただいた
「花子さんの休日」は、
家族を伴い、はるばる大分まで出向いて、
HIV感染者の草伏村生さん(ペンネーム)と
お会いし、直に聴き取った言葉の数々によって
生み出されたものです。
けっして書物では得られない、
当人にしかわからない思いをこの身で受け止めた結果だと思います。

十数年前、所属する団体の活動の一環として
外国人留学生の方との交流を中心になってやっていました。
「バングラディシュと手をつなぐ会」などの団体の方とも
協力関係を結んでいました。
そういう活動を通して、留学生の方との交流には
三段階あるという自説を唱えていました。
それは、
「情報の交流」→「文化の交流」→「心の交流」
というものです。

当時、ヴェトナムから来てあった
ある留学生の方と大変親密な関係になり、
お住まいであった留学生会館に遊びに行ったり、
自宅にお招きしたりしました。
ヴェトナムの音楽を聴かせていただいたり、
その方のリクエストで「北国の春」を
家族も交え、みんなで一緒にカラオケで歌ったりしました。
そうして、同じ時間を過ごすうちに
心と心が強く結びついていったように思えたのです。

今、改めて三段階を振り返りますと、
当時私自身、文化の交流・心の交流ができなくても、
情報の交流は可能だと考えていたことになります。
つまり「情報」というものをそれだけ軽視していたということです。

現代は、インターネット真っ盛りの時代です。
ネット上だけで、多くの友人を作ることも可能です。
だからこそ、face to faceの価値が
より高まった時代とも言えるのではないでしょうか。
一度直に会い、名刺や言葉を交わし合って
築いた人間関係こそが、
真に有意な情報収集の土台となるのではないでしょうか。
「人間関係づくり」の能力が、
高度情報通信社会となった今こそ、
より強く求められているのではないでしょうか。
私はそういう風に考えています。

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教師の情報リテラシーと生徒の情報リテラシー

私は、最近「教師の情報リテラシー」と「生徒の情報リテラシー」
ということを考えています。
大人と子どものと言い換えてもいいでしょうか?

生徒のレベルにおける情報リテラシーに関しては
これまでもかなり議論の対象とされ
各方面で語られています。

今日は「教師の情報リテラシー」について書いてみたいと思います。
リテラシーの柱の1つとして
情報の収集能力が
教師に求められることは言うまでもないことでしょう。

では、情報収集の前段階にあたるリテラシーは何でしょう。
私は、「人間関係づくり」だと思います。
この能力が、案外教師には
一般的な社会人の方に比べて欠けているように
思えてきたのです。

そのきっかけは、昨年11月の異動でした。
生徒のいない学校に勤務することになり、
半ば行政、半ば営業マンのような仕事に
半年近く携わりました。
その体験から、自分自身を含めた教師集団に
「人間関係づくり」の部分に関する
努力不足とその結果起こる能力不足があることを
認めざるを得なかったというわけです。

もっとも端的に表れているのが、
「名刺」の重要性の認識不足です。
私たち高校現場もそうですが、
訪問先の中学校の先生方ももたれない方が多いのです。
これは、明らかに「人間関係づくり」の
努力を怠っているとしか思えません。

私は、これまで数回マナーに関する講習会を受けてきて、
名刺は自分と相手の分身であるとお聞きし、なるほどと思いました。
物質的にはセルロース(最近はケナフなどもありますね)
を主体とした単なる”紙”にすぎないのですが、
対人関係においては、対面している間中
自分と相手の全人格を代表するものとなるのです。
しかも名刺は、はっきりと形あるものとして
後々まで相手のもとに残るのです。

名刺を渡した際に、
出したまま放置されるか、
すぐにしまい込まれるか
あるいは、
丁寧に名刺入れの上に乗せた形で置かれるか
名刺が、どのような取り扱いを受けるかで
相手が自分に対してどのような
価値づけを行っているか一目瞭然です。

このように考えていきますと、
初対面の人と接する際に、
名刺を出さないということはどうなるでしょうか?
相手に対して、
「あなたは私が全人格を持って接するに値しない人だ」
と宣言していることになりはしないでしょうか。
考えてみると怖いことですね。
たかだか数千円の投資を怠ったばかりに
(自分で作ればもっと安く済みます)
貴重な人間関係づくりの機会を失ったとすれば
その損失はお金では替えられません。

先日、研究会の懇親会で
こんなことを語っていた仲間がいました。
「名刺って、自分が出さないともらえないんですよね」
まさにその通りだと思います。
せっかく以前から機会あれば‥と思っていた方と
実際にお会いできる場面に遭遇したにもかかわらず、
自分が名刺を出さなければ、
相手の方からもいただくことはできません。
単に挨拶をしただけで終わってしまうのです。

情報リテラシーとしての情報収集能力
その前段としての人間関係構築
この1つをとっても
いかに奥が深いものであるかと思います。

情報教育にあたる場合、
教師自身がまず必要なリテラシーを身につけて
それを生徒に分かち合う
そんなイメージを抱いています。
そのために、このブログ書きを利用して
教師に求められるリテラシーについて
今後も引き続き考えてみたいと考えているところです。

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