秋期休業は今日で終わり、
明日からは新学期(後期)がスタートします。
午前中、始業式などの行事
午後は、体育祭の全体練習ですので
授業はまだ始まりません。
中学校に出向くことができるのも
基本的に今日までというのがありましたので、
午後すぐに出かける予定でした。
今朝、出勤すると
10時から予定されていた職員会議が
12時からに変更になっていました。
会議が結構長引いたのと、
今日までに提出しなくてはならない
書類があったりしましたので、
中学校訪問に出発するのがかなり遅くなってしまいました。
最低5校はまわる必要があったのですが、
進路や3年生の先生方にお会いして話をしていては
到底まわり切れるものではありません。
そこで、前回お会いして
人間関係が築けた先生方に
メッセージと私の名刺を添えて
配布物一式をお渡しすることにしました。
前回は、初めて訪問する学校も多かったので
事前に電話で先方の都合に合わせて約束を取り、
今日2校、明日1校みたいな感じで
2週間ぐらいかけてまわりました。
その際に、「次回以降、事前に約束なく
訪問させていただくことがあるかと思いますが、
その時は、無理にお会いくださらなくても
用件を言づけていきますからご心配なく」と
先回りしてお断りしておいたのです。
今日、それが生きたということです。
5校中4校は、事務の方もしくは先生方に
前回お会いした先生への手渡しをお願いしました。
メッセージと名刺をあらかじめ用意しておいた
こちらの配慮を、お願いしたみなさん、
なべて好意的に受け取ってくださったようでした。
最後の1校も、言づてを考えていたのですが、
前回名刺をいただいていた
進路担当の先生が、私が来たとの知らせを受けて
わざわざ出てきてくださいました。
たいへん、嬉しくありがたかったです。
一度は出向いたのなら、以後は、
必要な書類を送るだけでいいのじゃないかと
おっしゃる方もいます。
私自身日頃、自分の机の上に名刺が置いてあったら
さらに、その名刺に一言添えてあったりしたら
たとえ相手が業者の方であっても
真心を感じますし、ありがたいと思います。
たまたまその日は時間が合わず
お会いできなかったわけですが、
今後も変わらずおつきあい願いたいと思います。
遠方からはるばる出向いたという行為は、
それ自体が、言葉以上に雄弁なメッセージとして
相手の心に届くのです。
これぞまさしく、
ノンバーバルなコミュニケーションの
究極の姿なのかもしれませんね。
「惚れて通えば千里も一里」という諺があります。
ぜひ、我が校へ生徒さんを送り出して欲しいという
私の切なる願いは、
山1つ2つ越えたはるか遠いかなたに位置する
中学校の先生方の心に無事届いたでしょうか?
前置きが長くなりました。
バーバルな、あるいはノンバーバルな
コミュニケーションについても
研鑽と実践を積み、
いずれは論じてみたいと思っているところです。
さて、昨日は「情報収集」のリテラシーとして
百科事典ソフトの利用について書きました。
今日は、新聞について考えてみたいと思います。
旧来的な情報メディアの代表である新聞は、
それ自身、うつろいの中にあるという宿命をもっています。
情報の「不易」と「流行」の観点からは、
「流行」の方に位置づけられるでしょう。
ニュースの記事はもちろんですが、
特集記事やシンポジウムの記録など
保存しておきたいと思う内容でも
よほど心してスクラップしない限り
すぐに古新聞の山に埋没し、
二度と日の目を浴びません。
私が教師に成り立ての頃、
日本ミックという会社の方が宣伝に見えました。
「教育」や「社会科学」「自然科学」など
いくつかのジャンルごとに
全国各地の新聞から記事を集めたものを
毎月1冊の本の形にして自宅に届けるという
サービスを展開していた会社でした。
本は、ちょうどその頃創刊号以来、
ずっと欠かさず購入していた「Newton」に
よく似た作りであったように記憶しています。
当時まだ独身で、お金も比較的自由に使えたこともあり
新聞切り抜き誌の価値を認めた私は、
すぐに「教育」と「自然科学」の2冊を契約しました。
最初のうちこそ、送られてきたその日のうちに
一通り目を通していたのですが、
忙しさにかまけてだんだん積ん読状態になり
しまいにはとるのをやめてしまった私でした。
以前、新聞切り抜き誌の話題になった時
同じようなことを語ってくれた仲間がいました。
同時代を過ごした者同士の
不思議な連帯感を感じたように覚えています。
情報ソースとしての新聞の使い方を、
教科「情報」における教育課題として
どう料理するか、案外これはこれで悩ましいものがあります。
これまで直接使ったのは、
前任校で実施していた「情報A」の授業で
教科書の課題として出てきた天気図ぐらいです。
修学旅行のプラン作りの資料としても
ひとつの例として新聞を挙げましたが、
実際に用いた生徒はいなかったようです。
一昨年度、研究会の仲間の一人が
地区の研修として公開した授業が
大変印象に残っています。
生徒のプレゼンテーション実習と
その自己評価という2時間続きの授業でした。
プレゼンテーションのテーマを
まさに新聞記事から選ぶよう指示されていたのです。
舞台が、最初に教壇に立った
私にとって、思い出深い学校でもありましたので、
多少ひいき目に見たということもあるかもしれませんが、
生徒さんのプレゼンテーションは、
どの班も、高校生の研究発表としては
かなり高いレベルに仕上がっており、
大いに感心しながら見せていただきました。
中でも印象に残っているのが、
長寿世界一で有名だった
カマトおばあちゃんの研究です。
テレビをほとんど見ない私は、
恥ずかしながらカマトさんのことを
全くというほど知りませんでした。
生徒さんの発表で興味を持って
家に帰ってからも自分なりに調べた記憶があります。
読売新聞の方が、
「スクールヨミダス」という新聞データベースを
各学校紹介にまわってあるようです。
私は数回お会いしただけですが、
とても熱心に説明をされるので、
こちらも真剣に聴こうという気持ちになります。
現在、嘉穂総合高校には
お試し用として、
毎月データベースログイン用の
ID、パスワードとワンタッチでログインできる
htmlファイルが送られてきます。
私も時々利用させてもらっていますが、
ついつい時間のたつのを忘れて
どんどん記事を読みたくなります。
このような新聞データベースが
個人で使えるレベルまで価格が下がれば
私が若い頃とっていたような切り抜き誌は
いずれ出番がなくなるだろうかと思ったこともあります。
しかしながら、よくよく考えると
切り抜き誌は切り抜き誌で、
紙できちんと保存できるとか、
記事を斜め読みできるとかいった
データベースにはない良さがありますから
共存はするでしょうね。
このようなデータベースも
学校単位で契約すれば
もちろん授業で利用することもできることになります。
今は契約に至っていませんが、
お試し期間のうちに
生徒の学習に大いに役立つことが
実証できたら、
将来的には導入の道が開けるかもしれません。
話は変わりますが、
先日、我が校のITシステム科の生徒が
同じ地域にある九州工業大学情報工学部の
教職希望の学生さんと、手を携えて学ぶ取り組みが、
新しい形の高大連携として、
西日本新聞の筑豊版に大きく掲載されました。
学校としても大いに宣伝になりますので、
できれば本校のウェブページに掲載したい旨
記者の方に伝えると
本社の読者室に尋ねてくれとのことでした。
果たして、電話で問い合わせると
ウェブページへの転載は、
記事の内容であれ、写真であれ
一切許可しませんとのことでした。
一度ウェブに載ったが最後、
どんな二次的利用をされるかわからないからというのが
その理由だそうです。
なるほど、それは確かにその通りだと思うのですが、
残念な気持ちがします。
その記事には、私自身のコメントも掲載されていたのですが、
ひとたび記事の形になってしまえば、
そのコメントの著作権も新聞社に帰属するのでしょうか?
何か納得できない思いも感じながら
寂しく電話を切った私でした。
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