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真に教ふべきことありて…再び

前任校において,本年5月10日に実施しました生徒・保護者向け「人権教育講演」(テーマ:インターネットにおける人権侵害の現状と課題)および9月24日に実施しました2年生対象「性教育講演」の内容を録音したものをmp3ファイルにしました。興味のある方は,ダウンロードしてお聴きくださればと思います。→;「人権教育講演・性教育講演」
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「生物教師の生物学講座」(ユニークな言葉づかいによる生物学の解説)は,こちらです。

いよいよ目前に迫った26日(日),講演を行います「高校教科『情報』シンポジウムin九州」の詳しい内容です。→;「高校教科『情報』シンポジウムin九州」

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今日,一年生の「情報B」の授業で,今日の情報社会における情報発信について説明している時に,ふと,2005年10月 7日 (金)付のこのブログの記事でみずからが書いた内容を思い出し,生徒さんたちに説明しました。

それが吉田松陰の「師弟論」の中の次の一節です。

大抵師を取ること易く
師を選ぶこと審かならず。
故に師道軽し。
故に師道興さんとならば、
妄りに人の師となるべからず、
又、妄りに人を師とすべからず。
必ず真に教ふべきことありて師となり、
真に学ぶべきことありて師とすべし。

当時の記事にも書きましたように,この言葉を私が深く記銘するようになったのは,教師に成り立ての頃,私を導いてくださった一人の先輩教師の影響でした。現在,生き方の土台ともなっている「禅」へと私を導いてくれた方でもあります。本当に自己に厳しく,他人にやさしい,先生らしい先生でした。白血病に冒され,誰からも惜しまれながら他界され,早11年半の歳月が流れました。出会った当時,生意気な若造だった私も,もうすぐ先生の享年に追いつこうとしています。

今日は夕刻から,先生の導きで加入した教職員団体の会議に参加しました。2月の研究大会に向けて,「携帯電話と情報モラル」に関する研究チームに招かれ,今日が2回目の会議でした。

県庁地下にあるその一室は,亡くなられた先生が,組織の長としての任務を全うすべく,発病のまさにその時に至るまで,専従として日夜働いておられた場所でもありました。私は青年部の長として,4年間仕事をともにさせていただきました。

当時,深夜まで一緒に過ごしていた場所にいて,はるかな思いに浸ると,今にも時間を超えて,坊主頭だった先生の,屈託のない笑い声が聞こえてきそうに思いました。ふと本棚に視線を動かし,目に飛び込んできた1冊の本の背表紙は,そんな私の思いをふいに現実へと引き戻しました。それは,まぎれもなく,当時私も一文を寄せた,先生の「追悼録」に他ならなかったのです。

「去る者日々に疎し」と世に言いますが,本当に大切な存在だった人のことは,けっして月日がたっても忘れることはないのだと改めて感じさせられます。

3年前,吉田松陰の「師弟論」をこのブログで取り上げ,

必ず真に教ふべきことありて師となり、
真に学ぶべきことありて師とすべし。

       を

必ず真に教ふべきことありて発信者となり、
真に学ぶべきことありて受信すべし。

ともじりました。

今日の授業では,そのことを一番伝えたかったのです。こうして,ブログを開設し,「チラシの裏に書いても…」といったたぐいの日記を書き並べることは誰にでも簡単に出来ます。ブログランキングのサイトを一瞥しただけで,その手のブログは山ほど見つかります。

技術的には,誰でも簡単に発信者になれる現代だからこそ,常に謙虚さを失いたくないものだと思うのです。私の書く内容にしても,ともすれば,「チラシの裏」に成り下がってはいないかと,忸怩たる思いを抱きはしますが,「ハート」の声に従って,今日も駄文を書き並べてしまいました。

明日の午後はいよいよ修猷フェスト,夕方からは北九州です。週末どんなドラマの数々が私を待ち受けているか,すごく楽しみです。私に出来る唯一のことは,その時,その時の,瞬間を最大限楽しむことですから,自らの務めを果たしながら,ゆっくりと時を味わい尽くしたいと思います。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

KIRA-Aさん。こちらでのコメント返し遅くなってごめんなさい。

>先ほどは、修猷館に対して失礼ととれる記事を書いてしまい、
>申し訳ありませでした。
>昨日、修猷館を目指すものとして、体験入学へ行きました。
>そのとき、僕は思いました。
>「チャラチャラしてもよい」僕は、このように書いてしまいました。
>しかし、それは固定観念でした。してはいけないという、
>校則はないのに、修猷生はそれを自分たちで「よいことではない」と
>自覚して、きちんとした高校生活を送っていました。

KIRA-Aさんが修猷フェストを通して自らそのことをつかみとって
くださったことを何より嬉しく思います。

自己責任ということをきちんと理解し行動するのが
修猷生の姿だと思います。OBとして,教師として,
ぜひまたそうあって欲しいですね。

>また、もうひとつ、僕の固定観念がありました。
>それは、「きっとみんなガリ勉なんだろう」ということです。
>目指す僕はそんなのではないんですが・・。
>もしかしたらガリ勉の人もいるかもしれませんが、
>しかし、僕が昨日見てきた修猷生は、
>失礼にも「本当に頭いいんだろうか?」と
>思ってしまうようなとてもおもしろく、優しさのある方ばかりでした。

KIRA-Aさん,そもそも「ガリ勉」って何でしょう?

私が中学校時代,塾の先生から聞いた言葉で,
ずっと心に残り続けていることがあります。

それは,「今のおまえたちから“まじめさ”をとったら何が残るのか」
という言葉です。

十代は記憶力豊かで大いに勉虚に励む時期だし,
また励める時期でもあるのです。

学生(生徒・児童も含む)の本分は勉強ですので,
ガリ勉大いに結構なのではないでしょうか。
江戸時代,藩校の東学問書として設立された時代から,
修猷館は,学問(学び,そして問う)の場ですからね。
ガリ勉こそが修猷生の基本姿勢なのだと思いますよ。
勉強を嫌なものではなく,いかに楽しいものにできるかという点に関しては,
私たち教師の役目も極めて大きいと思っています。

>またそれとともに、修猷生ということに、とても誇りを持っているんだな、
>と感じさせられる態度でした。
>僕は誤ってました。
>今、考え直してみると、修猷館の「自由」とは、
>何でも勝手にして好き放題してよいという自由ではなく、
>「自ら進んで何事にも挑戦できる自由」なのではないかと思いまし>た。

文章を拝見して,kIRA-Aさんは,物事の本質を見極める目をもった方だと
感心いたしました。

書かれていること,全てその通りだと私も思いますよ。

>記事の方では、本当に申し訳ないことをしてしまいました。
>修正しておきます。
>長い話で、すみませんでした。これで終わります。
>それと、僕は修猷生目指して、必死に受験勉強します。

ご丁寧にありがとうございます。

私は,「頑張る」という言葉を好みませんので使いませんが,
どうぞ,勉強にしっかり励んで修猷館に合格して下さいね。

> 僕は・・・謙虚かどうかはわかりません・・・。
>でも、修猷生を見て、本当に感動しました。
>応援ありがとうございます!

いえいえ,KIRA-Aさん,中学3年という年齢にしては,
十分謙虚だし,文章もしっかりしていますよ。

>修猷館、絶対受かるよう、努力します!

上にも書きましたが,どうぞ勉強に励んで下さいね。
そのうち,ブログの方に受験勉強に役立つノウハウ等を
書くことがあるかもしれません。

今,授業の中では少しずつ後輩かつ生徒さんたちのために,
自分の体験談を語っているのですけどね。
何せ,私は花の十代の半分5年間を受験生として
過ごした人間ですからね(笑)。

>元修猷生のOBの方のブログを知ることができたなんて、
>僕は幸せ者です!
>たくさん、倉光さんからの情報を受け取ることができるなら、
>本当にうれしい限りです。
>僕本人はあまりまじめな子ではありませんが、よろしく御願いします!

OBでブログ書いている人は探せばいっぱいいるのかもしれませんが,
かつ現役教師となると希少なのかな?
私の場合,前任校の時代から書いていましたからね。

論文クラスの記事をいくつか書いたこともあって,
ここのところ更新を休止していますが,
また生物部の近況等も含め書いていきますから,
よかったら訪問してみて下さいね。

投稿: 倉光浩二 | 2008年11月17日 (月) 01時21分

僕は・・・謙虚かどうかはわかりません・・・。
でも、修猷生を見て、本当に感動しました。
応援ありがとうございます!
修猷館、絶対受かるよう、努力します!
元修猷生のOBの方のブログを知ることができたなんて、僕は幸せ者です!
たくさん、倉光さんからの情報を受け取ることができるなら、本当にうれしい限りです。
僕本人はあまりまじめな子ではありませんが、よろしく御願いします!

投稿: KIRA-A | 2008年10月26日 (日) 21時12分

先ほどは、修猷館に対して失礼ととれる記事を書いてしまい、申し訳ありませでした。
昨日、修猷館を目指すものとして、体験入学へ行きました。
そのとき、僕は思いました。
「チャラチャラしてもよい」僕は、このように書いてしまいました。しかし、それは固定観念でした。してはいけないという、校則はないのに、修猷生はそれを自分たちで「よいことではない」と自覚して、きちんとした高校生活を送っていました。
また、もうひとつ、僕の固定観念がありました。
それは、「きっとみんなガリ勉なんだろう」ということです。目指す僕はそんなのではないんですが・・。
もしかしたらガリ勉の人もいるかもしれませんが、しかし、僕が昨日見てきた修猷生は、失礼にも「本当に頭いいんだろうか?」と思ってしまうようなとてもおもしろく、優しさのある方ばかりでした。
またそれとともに、修猷生ということに、とても誇りを持っているんだな、と感じさせられる態度でした。
僕は誤ってました。
今、考え直してみると、修猷館の「自由」とは、何でも勝手にして好き放題してよいという自由ではなく、「自ら進んで何事にも挑戦できる自由」なのではないかと思いました。


記事の方では、本当に申し訳ないことをしてしまいました。
修正しておきます。
長い話で、すみませんでした。これで終わります。
それと、僕は修猷生目指して、必死に受験勉強します。

投稿: KIRA-A | 2008年10月26日 (日) 20時50分

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