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教育界の潮流にふれて

昨日は、ブログを書き終えた後、
急ぎの仕事だけを手早くこなして
残った数校の中学校訪問に出向きました。
最後の1校に着いたのは、
夜の7時をまわっていました。

先生方は、だれもおられないのではという
私の心配とは裏腹に、保護者会があるらしくて
ほとんど全職員が職員室に集まっておられました。

事務室に人気(ひとけ)がなかったので、
いつもするように気楽にノックして、
職員室のとびらを開けた私は、
一斉に視線を浴び、室内に満ちた
異常な熱気に圧倒されてしまいました(笑)。

3年生の先生方も、一同に集まって話をしてあり、
私が顔を出すと、
7月の訪問の際、時間のたつのも忘れて話し込んで、
人間的なつながりができていた進路担当の先生が
みなさんに紹介してくださいました。
縁とは不思議なもので、この先生の奥さんが
どうやら嘉穂東高校時代の教え子らしいのです。

出がけ、管理職の方から、
そんなところまで行く必要があるのか?
と尋ねられたぐらい、ものすごく遠方の中学校です。
通常なら、全く相手にされなくても仕方がないのに、
手厚くもてなしてくださって、感激しました。
いみじくも、先日自分自身が書いた
「惚れて通えば‥」という言葉の深みを
あらためて教えられた気がした私でした。

今日は、福岡県高等学校教育研究会(高教研)
の秋季文化講演会に参加しました。
案内文を見たとき、
演題が「これからの生涯学習の在り方」となってましたので、
情報教育との関連性もあり、
大いに興味はひかれていた研修会でした。

しかしながら、
今日は夕方に例の放送がある日でしたので(笑)、
ダブルブッキングを避ける意味もあって、
参加をお断りしていたのです。
直前になって、再度参加を強く要請されたこともあり
出向いたのでした。

講師の方が、
文部科学省生涯学習政策局に籍を置く方ということで、
先に書いたような演題が予定されていたのだと思うのですが、
実際に行ってみると、演題が「我が国の教育改革」に
変わっていました。
内容として、生涯学習の話ももちろんありましたから、
期待を裏切られらたというわけでは決してありません。

例によって、ノートパソコンをひざの上に置いて
リアルタイムで、講演の内容を打ち込みながら聴きました。
その内容をもとに情報教育に求められるものや、
将来の展望について、少し書いてみたいと思います。

講師の話の中で、特に印象に残り、
我が意を得たりと思った内容を抜粋し、
それにコメントを加えていくというスタイルをとります。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

          講演内容より

現在、生徒数減により
大学・短大・高等専修学校(高専)・専門学校の4つ合計で
約8割の高校生が上級学校に進学している状況である。
したがって、従来のように
「勉強しないと大学に行けないよ」
という指導のやり方では、
子どもたちの意欲をかき立てることは
もはやできなくなってきている。

それに替わる方法として、
子どもたちの興味・関心を引き出す教育を
教師自身の力で作り上げる必要がある。
具体的には、学校に入学してきた子どもたちに
自身が学びたいと思う勉強をさせてやらなければならない。
資格を取るために、ある科目が必要であれば、
子どもたちは自分でその勉強をする。

複数の教師が、一人の子どもを見ることで
多面的に評価し、いい面を見つけ出してやることが必要である。
特に、学級王国になりがちな小学校でそれが求められる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

従来、私が勤めます高等学校の現場では、
大学の合格数を競い合ってきたという歴史があります。
普通科高校では特にその傾向が顕著です。
極端な場合、価値観のすべてが
そこにおかれているのではないかと思うケースもあります。

昨年10月まで11年あまり勤務した
前任校である太宰府高校では、
在職中に不治の病に倒れ、この世を去られた
数代前の校長先生が発案された、
「ギネス太宰府」という取り組みが、今もなお行われています。
生徒の多面的価値を認め、
セルフイメージを高めさせたいという思いが結実したものです。
取り組みを始めてから2年間連続で
TNCテレビの「めんたいワイド」でも紹介されました。

私は、採用以来昨年度まで一貫して、
看護・医療系進学者の指導に当たってきました。
いわゆる3Kと呼ばれるような
厳しく、責任の重い医療現場に
あえて飛び込もうという気概を持った生徒さんを
時にはやさしく、時には厳しく
励まし、導いてきました。
送り出した生徒さんの数は、かれこれ二百名を超えるでしょうか。

面接指導をしてみると、
日頃教室では知り得なかった新たな一面が見えます。
私は、面接指導を単に受験に合格させるためではなく、
真に重要な教育の柱として位置づけていました。
これぞまさに「face to face」の、
心通う情報伝達であったと今あらためて思います。

情報教育は、職業系に分類される産業教育の1つです。
昨年度、全国専門教科「情報」研究協議会に
今年度、全国専門学科情報科研究協議会に
それぞれ参加させていただいて、
国が、本気になって
産業教育の推進に取り組んでいるという事実を知りました。

「好きこそものの上手なれ」と言います。
生徒が自身の適性を見極めて
興味・関心をもつ勉強ができるような環境づくりをすることが
極めて重要なのだと思います。

普通高校においても、
一年次に普通教科「情報」を履修して、
興味・関心をもった生徒が
さらにそれを深めるために、
専門教科「情報」の中から
一部履修できるカリキュラムを
用意している学校も増えてきているようです。
学習指導要領の改訂に向けて、
教科としての「情報」の重要性を
PRしていけたらと考えています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

           講演内容より

25年前、福岡県のある高校で
生徒が小・中・高と続く学習体系の中で、
いったいどの段階でつまずいているかを調べる
極めて先進的な取り組みがなされた。

その結果、666+666=121212という
過ちを犯しているケースが判明した。
この子の場合、10の繰り上げの段階でもうつまずいている。
小・中・高と「算数」「数学」に関しては
完全にお客さんであったろう。よくぞ耐えた。

このような子どもを導くために、一人ひとりに対する
きめ細やかな指導が求められている。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

私は、理科教師として
自分のバイブルとも思っている一冊の本があります。
それは、
明星学園 理科部著「自然科学の教育」むぎ書房
という本です。

この本に示されている理科教育を
小・中・高一貫して行ったら、
どんなに素晴らしいだろうと常々思っていました。

まず、物質はすべて「粒(つぶ)」からできている
という事実を比較的低学年のうちにしっかり学び取らせること。
原子や分子、およびイオンといった言葉を
あえて教える必要はないのです。

その粒が止まってしまえば、
いわゆる固体の状態なのだということ。
そして、止まらず動いている粒があり、それは
私たちのからだにもあることを教えます。

動いている粒は、その速さを常に変えていること。
その速さの度合いを「温度」ということを教えます。

高校生でも、いえそれどころか私たち大人でも
「熱」と「温度」の違いがわかっていない人が
いかに多いことでしょう。
みなさんも「熱がある」
といった表現をしたことはありませんか?

これは、明らかに間違いですね。
熱は、エネルギーの一つであり、
「温度」が高い物体から「温度」が低い物体に対して
熱エネルギーの形で、エネルギーが動くのですから、
「熱が出る」の方が正しい表現なのです。
つまり、「温度」とは物体の内部的な状態
であり、「熱」とは、物体の外部に存在する
エネルギーであるということです。

「温度」の概念1つを正しく理解するだけで、
以後の理科学習がどれほど進むか
枚挙にいとまがありません。

私は、生物の授業で「酵素」の単元に入るとき、
まず「温度」の概念を説明するところから始めるのです。
そうすると、外部の「熱」によって
酵素タンパク内部の「温度」が上がり、
熱変性が生じるといった理屈や
「温度」が高いと粒が速く動くので
より衝突が起こりやすく、化学反応が進むといった
話がスムーズに理解してもらえます。

講演の中にあった、小・中・高の教育体系の中で
どこがつまずきの原因になっているかを探る取り組みは
私自身もよくしていました。

大学時代、3年間小学生の塾で講師をして
教職課程の授業の関係で、
塾に行けなかった1年間は
替わりに中学生の家庭教師をしていました。
いずれも全科目を教えたのです。
期せずして、理科に関しては小・中・高の
すべての教育内容に関わる
類い希な機会に恵まれたと言うことです。

考査の前などに、
授業内容が理解できない生徒を集めた
勉強会を好んで行っていました。
「わからない」と思っていた内容が
「わかった!」に変わる生徒たちの表情が大好きでした。
普段、つっぱったような態度をとる子ほど
「わかった!」の喜びを全身で表現するのです。
そして、まだ理解できていない仲間を教える側にまわるのです。
そのうち、私はもはやすわって見ているだけなのに
「わかった!」の輪が教室いっぱいに広がっていくのです。
教師冥利に尽きる幸せなひとときでした。

勉強会にからんで、こんなことがありました。
太宰府高校に赴任した年に
教科会議の中で
自分の担任のクラスだけは、
理科Ⅰ全部を一人でもたせて欲しいとお願いしたのです。
私は、教科の授業を通してクラスを引っ張るタイプですので、
授業時間数は多ければ多いほどいいのです。

理科Ⅰの中には、物理・化学・生物・地学の
基礎的な内容がすべて含まれていました。
学校によって、組み合わせは違いますが、
普通科高校においては、
1つのクラスを
「物理・化学」1人、「生物・地学」1人といった形で
分けて持っていたのです。
理科の教師といえども、4科目全部に通じるという人は
なかなかいません。
教えるレベルに到達するのは、せいぜい2科目なのです。
当然、私は「生物・地学」の方の担当だったわけです。
あえて例外を作ってまで
両方を一人で担当しようと思ったのは、
勝算あってのことでした。

塾と家庭教師で全科目を教えた体験についてはすでに書きました。
実はもう一つそれにまつわるユニークな体験を過去していたのです。
少々長くなりますが、そのことを書きたいと思います。

私は、2浪してしまい、当時の共通一次試験を
実施2年目から3年連続で受けたのです。
当時は1年に1回、1校のみしか
国公立大学を受験できない仕組みでしたし、
一次での足切りという制度までありました。
どうしても2校めを受けたければ、
二次募集にかけるしかないといった時代です。
したがって、当時2浪し、
3回共通一次を受けたという人は
他にも大勢いたと思います。

5教科7科目の時代ですから、
当然理科は2科目選択です。
私は、何と3年間の理科の試験を
すべて違う選択科目で受験したのです。
現役時「物理」「化学」
1浪時「化学」「生物」
2浪時「生物」「地学」

人生というものは、
何が幸いするかわからないとつくづく思います。
受験生の頃は、教師になるとは思いもしなかったのですが、
実際に理科の教師になって、
これほどありがたいことはありません。
とにもかくにも理科の4科目すべてを
授業を受けただけではなく、受験勉強でやったのですから。
おかげで、公務員志望者への指導の際など
大いに助かっています。

「生物・地学」にプラスして
「物理・化学」を持つことに勝算があったと
書いた理由は理解してもらえたでしょうか?

果たして、考査の前に有志を集めた勉強会をした結果、
自分のクラスの「物理」の点数が
平均80点近く行くといった
驚異的な成果を上げることができたのです。
「物理」専門の先生のクラスよりも
数十点上でした。

「自然科学の教育」で理科教育の土台を築き、
必要とあれば小・中学校の内容に戻って
個別指導を繰り返した結果です。

情報教育においても、3つの目標がありますから、
小・中・高(さらに大学も)それぞれの教育目標と
照らし合わせて、
情報教育の位置づけを考えていくべきでしょう。

「情報」の場合、「算数」「数学」のように、
前の段階に戻ろうにも、
それ自体が定まっていないのが現状です。
幸い、研究会の行事には
すべての校種からの参加がありますし、
11月5日の情報処理研究集会特別セッションもあります。
侃侃諤諤議論をして、
教育体系づくりの一助となれたらいいですね。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

            講演内容より

生涯学習を進める上で、重要なのは
開かれた学校である。
家庭・地域と連携を進める取り組みが求められている。

私は、「早寝早起き朝ご飯」国民運動を
起こそうとしている。
学校・家庭・地域の三者が一体となって
子どもたちの基本的な生活習慣の確立を
めざそうというものだ。

全国PTA連合に呼びかけたところ、
賛同の意思表示をいただいているので、
近々、力を合わせて取り組みたい。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

最後に話をされたのは、
当初、期待していた生涯学習に関する内容でした。
趣旨に対して、私も大いに賛同します。

今夏、クールビズが
省エネ、CO2削減につながったように
「早寝早起き朝ご飯」運動が
一大ムーブメントになれば、
学校現場も大いに助かりますし、
子どもたちの学力低下に歯止めをかける
1つの原動力になるのではないかと期待しています。

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