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初心忘れるべからず

今日は、午前中から午後にかけて
インターンシップに係わる業務と
文部科学省に提出する
学校情報化の実態調査(中間報告)の仕事に
携わっていました。

特に調査の方は、
再編の関係で2校分のデータを私が一人で
整理し、入力しなければならず、
何人もの人に尋ね回りながら何とかやり終えました。

その合間を縫うように、
新校舎の設計関係の業務が入ったり、
各方面から電話を受けたり、
こちらから中学校の先生に
体験入学参加希望状況を尋ねたりと
いつもながら忙しい一日でした。

明日が体育祭というのに、
なかなかそちらの方に、
頭とからだを向けることが出来ません。
さすがに明日は、丸一日
体育祭の仕事に専念しようと思いますし、
そうできるだろうとと思いますが‥。

12月にある出版社さん主催の
教科「情報」セミナーで発表することになり、
その内容に関する問い合わせを
数日前にメールで受け取っていました。

本日締め切りの懸案事項であった
実態調査(中間報告)を出し終わったこともあり、
夕方から、返信を書きました。

本文の中に、自分の取り扱う内容と
教科「情報」の各科目・各単元との関連性を
比較検討する必要がありましたので、
実に久しぶりに
紫色の「学習指導要領解説 情報編」を
引っ張り出してきて、斜め読みしました。

思い起こせば、まだ製本される前の
「学習指導要領解説 情報編」の
分厚いコピーの束を手渡されたあの日
そうです。平成12年3月の
九州大学の大講義室から
私と教科「情報」の関わりが始まったのです。

管理職から、
「一週間、九大で情報教育の勉強をしてきなさい」と
告げられ、
研修を受けるつもりで気軽に出向いた私でした。
果たして、待っていたのは、
ものものしい雰囲気とただならぬ緊張感、
そして、3年間に渡り、
現職教員等講習会の講師をする人たちに
という呼びかけで始まった講義でした。

最初は、事態が全く飲み込めず
遠い世界の話が耳を通り過ぎていっているような
そんな感覚でした。
これまで、体系的な情報教育を
全くといっていいほど受けたこともなく、
本職が生物学で、
機械のこともソフトの仕組みも
別段詳しくも何ともない自分が
講師となって、先生方に教える?????
そんなことができるはずがない。
自分にはできないと断ろうと
頭の中は、逃避したい気持ちでいっぱいでした。

しかしながら、講義を聴いていくうち
どうやら、するか、しないかという
選択の余地など一切与えられておらず
近々、具体的な役割分担が始まるような話です。
自分が講師となるというのは
あがらいようがない運命であり、
やるしかないのだと覚悟が定まりました。

そうなってからは、
後あと、少しでも役立つようにと思って
次々に現れては消えていく
プレゼンテーションの画面を
必死でノートに書き写す作業に没頭し始めました。

結果的に5日間の講義を通して
書いたノートは70ページにも及びました。
「学習指導要領解説 情報編」のコピーの束も
幾度も幾度も繰るうちに、
次第にボロボロになってきました。

それに比例して、
私の頭の中には、
教科「情報」の成り立ちから
目的とすることまで、
徐々にインプットされ始めていました。

この5日間の体験により、
「情報」の内容とはいえ、
コンピュータばかりに頼ることなく、
しっかりと座学で学ばせることの意義というものが
骨身にしみて理解できたのでした。

教科「情報」がいかにあるべきか
すべてはやはり
「学習指導要領解説 情報編」の中に
記されていると思います。

教科書が届いてからは
その目次の項目などから
教科内容をとらえがちですが、
やはり原点は「学習指導要領」にあるのです。

「学習指導要領」自体も
改訂されるような動きがあるようですが、
現行制度の中で実施された「情報」が
どう結果を出したかという分析なしに
改訂作業を進めるというのも無理な話でしょう。

私たち「情報」担当教師にできることは、
「学習指導要領解説 情報編」を手元に置いて
しっかり座右の銘としながら、
教科書の内容に検証を加えながら、
授業計画を立て、実施し
生徒や教師仲間の評価に耳を傾けながら、
さらなる改善をめざすという姿勢を
持ち続けることではないでしょうか。

「初心忘れるべからず」
語り古された諺ですが、
「学習指導要領解説 情報編」のページを繰りながら、
5年半前、必死な思いで
教科「情報」に体当たりしていった
あの日の気持ちを
しばし思い出すことができました。

私が、所属する教職員団体で
青年部のリーダーを務めていた頃
先輩の一人が文章の中に
有名なサミュエル・ウルマンの
「青春」という詩を引用していたことを思い出します。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「青春」 原作 サミュエル・ウルマン
     訳詞 岡田 義夫

青春とは人生の或る期間を言うのではなく、
心の様相を言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、
怯懦(きょうじゅ)を却ける勇猛心、

安易を振り捨てる冒険心、
こう言う様相を青春というのだ。

年を重ねただけでは人は老いない。
理想を失う時に初めて老いが来る。

歳月は皮膚のしわを増すが、
情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や狐疑や、不安、恐怖、失望、
こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、
精気ある魂をも芥(あくた)に帰せ締めてしまう。

年は七十であろうと十六であろうと、
その胸中に抱き得るものは何か。

曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、
その輝きにも似たる

事物や思想に対する、欽仰(ぎんきょう)、
事に処する剛毅な挑戦、
小児の如く求めて止まぬ探究心、
人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老いる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老いる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、
美と喜悦、勇気と壮大、そして
偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。

これらの霊感が絶え、悲歎(ひたん)の白雪が
人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、
この時こそ人は全くに老いて、
神の憐れみを乞うる他はなくなる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

生を受けて43年と8ヶ月、
まだまだ青春真っ盛りの私です。

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